「ドイツから輸入した最新鋭の加工機。さあ、電源を繋ごう!」そう思って制御盤を開けた瞬間、あなたは違和感を覚えるはずです。
「あれ? 漏電ブレーカー(ELCB)が入っていない……?」あるのは普通のブレーカー(MCB)だけ。
これ、日本人の感覚からすると「手抜き工事」や「安全軽視」に見えますよね。「えっ、これ日本の法律的に大丈夫なの?」と不安になるかもしれません。しかし、結論から言うと「向こうではそれが正解」なのです。
彼らが漏電ブレーカーを付けないのは、ケチっているわけではありません。「電気の守り方(接地方式)」が、日本と海外では根本的に違うからです。
今回は、数多くの海外製装置のセットアップを行ってきた現役エンジニアが、知らないと事故に繋がる「日本(TT方式)」と「世界(TN方式)」の常識の違いについて解説します。
結論から言うと、海外(TN方式)では漏電を「大電流ショート」に変えることで、安いブレーカーでも瞬時に切れる設計になっているからです。
……ですが、安心してはいけません。 この「海外の常識」で作られた機械を、そのまま日本の工場に繋ぐとどうなるか? ブレーカーが落ちずに電気が流れ続け、作業員が感電する「地獄絵図」になる危険性があるのです。
日本の常識:TT方式(アースは大地へ)
私たち日本人が慣れ親しんでいるのが「TT方式」です。これはシンプルに言うと、「漏電した電気を『土(大地)』に流して捨てる」方式です。
- 仕組み: 洗濯機や制御盤のアース線を、地面に埋まったアース棒に繋ぎます。
- 漏電した時: 電気はアース線を通って「地面(土)」へ流れ込みます。

土は「電気を通しにくい」
ここで問題になるのが、土の抵抗値です。
金属の電線に比べると、土やコンクリートは電気を通しにくい(抵抗が高い)物質です。
オームの法則(I = V / R)で考えると、抵抗が高いので、漏電しても流れる電流は小さくなります(数アンペア〜数十アンペア程度)。
- 普通のブレーカー(MCB): 「50A以上流れたら切る」という設定だと、数アンペアの漏電には気づきません。
- 結果: そのままでは電気が流れっぱなしになり、感電事故になります。
だからこそ、日本では「わずかな電流差(mA単位)を見張るセンサー」=「漏電遮断器(ELCB)」が絶対に必要になるのです。
世界の常識:TN方式(アースは電源へ)
一方、ヨーロッパやアメリカなどで主流なのが「TN方式」です。
これは、「漏電した電気を『電線』で電源に戻す」方式です。
- 仕組み: 機器のアースを、地面ではなく「電源のニュートラル(中性線)」という太い電線にズドンと繋ぎます。
- 漏電した時: 電気は抵抗の高い「土」ではなく、抵抗ゼロに近い「金属の電線」を通って変圧器に戻ります。

これは「漏電」ではない。「ショート」だ!
海外のTN方式では、金属の電線で変圧器まで直結(ショート)させます。 すると、漏電した瞬間に「抵抗ゼロの滑り台」を一気に駆け抜けるように、数百〜数千アンペアもの大電流がドカン!と流れます。
「えっ、そんなに流れたら危ないじゃないか!」と思うかもしれません。しかし、逆です。 あまりに電流が大きすぎるため、普通のブレーカー(MCB)が「異常だ!」と判断して、瞬時(0.01秒レベル)に電源を遮断できるのです。
つまり、「人体に電気が流れ続ける前に、大電流でブレーカーを強制的に落としてしまう」という、力技ですが確実な安全装置なのです。
- 普通のブレーカー(MCB): 「うわっ、ショートした!」と検知して、物理的に瞬時にトリップします。
- 結果: 高価なセンサー(ELCB)がなくても、安くて単純なブレーカーだけで安全に電源が切れるのです。
【深掘り】TN方式には「松・竹・梅」がある?(TN-S, TN-C,TN-C-S)
TN方式について調べると、「TN-S」「TN-C」「TN-C-S」といった記号が出てきて混乱するかもしれません。
これは「アース線(PE)とニュートラル線(N)をどう引き回すか」の違いです。ざっくり言うと「ノイズへの強さ」が違います。
- TN-S(セパレート):
- 特徴: 最初から最後まで、アースとニュートラルが別々の電線。
- 評価: 最強(松)。 ノイズに強く、通信機器や精密機器が多い現代の工場ではこれが理想。コストは高い(電線が増えるから)。
- TN-C(コンバインド):
- 特徴: アースとニュートラルを1本の線(PEN線)で兼用してしまう。
- 評価: 節約型(梅)。 昔の建物に多いタイプです。 電線は減りますが、アース線に常に電流が流れるためノイズまみれになりやすく、FA機器の敵です。
- TN-C-S(ハイブリッド):
- 特徴: 途中まで兼用(C)、建物に入ってから分ける(S)。(分電盤まではCで来てるけど、盤内はS」みたいな状態)
- 評価: 折衷案(竹)。 ヨーロッパの一般家庭などでよく見るタイプ。

現場のポイント:
もし海外案件で「ノイズで通信エラーが頻発する!」というトラブルが起きたら、現地の電源が古い「TN-C」になっていないか確認してみてください。
「アース線からノイズが侵入している」のが原因かもしれませんよ。
なぜ海外はELCBを使いたがらないのか?
ここで、一つの疑問が浮かびます。「TN方式でも、念のためにELCBを付ければもっと安全じゃない?」
実は、海外のエンジニアがELCBを嫌う(メインの保護に使わない)のには、「安全に対する哲学」の理由があります。
「複雑な機械に命を預けるな」
以前、海外のエンジニアからこんな話を聞いたことがあります。「漏電ブレーカーは構造が複雑すぎる。あんな『電子回路の塊』を、最後の砦にするのは不安だ」
- ELCB(漏電ブレーカー): ZCT(センサー)、増幅基板、トリップコイルなど、部品が多く複雑。電子部品が故障したら動かない。
- MCB(普通のブレーカー): バイメタルや磁石を使った物理的な構造。シンプルで壊れにくい。
彼らは、複雑な「センサー」よりも、「電線が繋がっていれば、物理法則で絶対に大電流が流れて落ちる」という「物理現象」のほうを信頼しているのです。
「シンプル・イズ・ベスト。壊れない仕組みこそが最強の安全」
これが、海外製の装置に漏電ブレーカーが入っていない本当の理由です。
【最重要】輸入・輸出の落とし穴
さて、ここからが実務の話です。「方式が違うんだね、へぇ~」で終わらせてはいけません。この違いを知らずに機械を使うと、本当に感電します。
ケース①:海外製の装置(TN仕様)を日本(TT環境)で使う時
これが一番危険です。
「ELCBなし」の海外装置を、そのまま日本の工場(TT方式)に繋ぐとどうなるか?
- 漏電発生: 日本のアース(土)に電気が逃げる。
- 電流が小さい: TT方式なので、ショートするほどの大電流は流れない。
- ブレーカーが落ちない: 装置には普通のブレーカー(MCB)しか付いていないので、小さな漏電電流ではトリップしない。
- 地獄絵図: ブレーカーが落ちないまま、装置のボディがビリビリに帯電し続ける。
対策:
海外製の装置を日本で使う場合は、必ず日本の基準に合わせて「漏電遮断器(ELCB)」を追加・改造しなければなりません。
ケース②:日本製の装置(TT仕様)を海外(TN環境)で使う時
逆に、ELCB付きの日本盤を海外へ持っていく場合はどうでしょう?
基本的には「より安全」なので問題ありませんが、現地の規格によっては「ELCBが不要な場所で誤動作するから外せ」と言われたり、短絡容量(kA)が足りずにブレーカーの選定変更が必要になることがあります。
まとめ:郷に入っては郷に従え
- 日本(TT): 土に逃がす。電流が小さいから「高感度なセンサー(ELCB)」で守る。
- 海外(TN): 線で戻す。大電流が流れるから「物理法則(MCB)」で守る。
どちらが優れているという話ではありません。
重要なのは、「その土地のインフラ(土俵)に合わせた守り方をする」ということです。
もしあなたの工場に、海外からカッコいい装置が届いたら、電源を入れる前に必ずチェックしてください。
「これ、漏電ブレーカー付いてる?」
その確認ひとつが、現場の仲間の命を救うことになります。
シリーズ完結!「漏電ブレーカー」と「アース」の世界(全3回振り返り)
これまで3回にわたり、「漏電ブレーカー」と「アース」の深淵なる世界を解説してきました。
- 基礎編: 30mAの理由と、アースがないと人間がスイッチになる恐怖。
【基礎編】「漏電ブレーカー」はなぜ落ちる? “行きと帰り”の電流差と、アース線が必要な本当の理由 - 実務編: インバータ対策と、保護協調の設計テクニック。
【実務編】インバータを入れると漏電ブレーカーが落ちる! 感度(mA)を上げるその前に知っておくべき「対策の正解」 - 海外編: TT vs TN。世界の安全思想の違い。👈今回はココ!
「海外製の装置には漏電ブレーカーがない!?」日本と世界の決定的な違い(TT方式 vs TN方式)
たかがブレーカー、されどブレーカー。 現場で何気なく見ている「あの箱」には、先人たちが積み上げた「命を守る技術と知恵」が詰まっていたんですね。 明日からの現場巡回、ちょっとだけ配線を見る目が変わるかもしれませんよ!