最近、SNSで「配膳ロボットの非常停止ボタンに、可愛いコック帽のカバーが付いている」という話題を目にしました。
「誤操作防止のためかな?」「見た目を可愛くするため?」 理由はなんとなく分かります。しかし、我々のような産業機械の設計に携わる人間からすると、どうしても「あの…それ、規格的に大丈夫ですか…?」と冷や汗が出てしまいます。
今回は、感情論やデザイン論は抜きにして、機械安全の国際規格「ISO 13850(非常停止機能)」のルールに照らし合わせて、あの「ボタンカバー」の是非を真面目に解説します。
そもそも「非常停止ボタン」の見た目は決まっている
結論から言うと、非常停止ボタンは「好きな形」にしていいものではありません。ISO 13850により、厳格なデザインルールが定められています。
- アクチュエータ(操作部)は「赤色」であること。
- その背景は「黄色」であること。
- 「容易に」操作できること。
この3つが揃って初めて、誰が見ても「あ、これを押せば止まるんだな」と直感できるユニバーサルデザインになります。

帽子カバーの問題点
話題になっている「コック帽」のような形状には、以下の懸念があります。
- 赤色が見えない: 帽子で隠れてしまうと、緊急時に「どこを押せばいいか」の発見が遅れる可能性があります。
- 押し方が直感的でない: 非常停止は「手のひらで叩く」などの荒っぽい操作でも効くのが理想です。「帽子をつまんで外す」などの予備動作が必要な場合、パニック時には操作できない恐れがあります。
じゃあ「カバー」は一切禁止なの?
ここで、現場のエンジニアからこんな声が聞こえてきそうです。 「でも、カバーを付けないと客や作業員がぶつかって、誤操作でラインが止まるんだよ!」
実は、以前の規格では「カバー=絶対悪」のような扱いでしたが、ISO 13850:2015 の改定により、条件付きで「誤操作防止のための保護ガード」が認められるようになりました。
ただし、条件は厳しい
規格(4.5項)には、保護ガードを付ける条件として以下のようなニュアンスが含まれています。
- 「意図的な操作を阻害しないこと」
- 「操作の妨げにならないこと」
つまり、「誤操作は防ぎたいけど、緊急時には迷わず・一発で押せなきゃダメだよ」という、非常に難しいバランスを求めているのです。
- ✅ OKな例: 周囲を囲うだけのリングガード(面で叩けば押せる)。
- ❌ NGな例: 鍵付きカバー、南京錠、複雑な蓋、ガラスを割るタイプ(※産業機械の場合)。
この基準で考えると、やはり「帽子型のカバー」は、緊急時の操作性を損なうリスクが高く、産業用規格の観点では「不適切(NG)」と判断される可能性が高いでしょう。

なぜ「隠したくなる」のか? 真の問題はそこにある
そもそも、なぜ設計者は非常停止ボタンを隠したり、カバーを付けたりしたくなるのでしょうか? それは「人がぶつかって止まってしまうから」です。
しかし、安易にボタンを隠すのは「対症療法」に過ぎません。 機械安全の基本(リスクアセスメント)に立ち返ると、やるべき対策は別にあるはずです。
- 配置の見直し: 人がすれ違う時に体が当たらない位置(少し奥まった場所や、上面ではなく側面など)にボタンを配置できないか?
- 動線の見直し: 通路の幅は十分か? ロボットの走行ルートは適切か?
「よく止まるからボタンを隠そう」というのは、「ブレーキが効きすぎるからブレーキを外そう」と言っているのと同じくらい危険な発想になりかねません。
まとめ:安全は「可愛さ」よりも重い
配膳ロボットは親しみやすさが売りですが、モーターで動く重量物である以上、それは立派な「機械」です。 万が一、子供が巻き込まれそうになった時、「帽子が邪魔で押せなかった」では済まされません。
- 非常停止は「命を守る最後の砦」。
- デザインや利便性よりも、確実性が優先される。
これがISO規格のスタンスであり、我々エンジニアが守るべき倫理です。
「規格なんて面倒くさい」と思うかもしれませんが、こうしたルールを知っておくことは、「無茶な設計変更(ボタン隠しなど)」を要求された時に、「それはできません」と断るための強力な武器になります。
さらに詳しい「機械安全の基礎」や「リスクアセスメント」については、以下の連載記事で徹底解説しています。興味のある方はぜひ覗いてみてください。
