インバータを購入して箱を開けると、電話帳のような分厚いマニュアルが出てきます。 中を見ると、「ベクトル制御」「スリップ補正」「ドルーピング」……と、呪文のような言葉がズラリ。
「うわっ、これを全部理解しないと動かせないのか……」と絶望した経験はありませんか?
安心してください。断言します。 現場で使うパラメータは、全体の5%もありません。
メーカーはあらゆる特殊用途(エレベーター、ファン、巻き取り機など)に対応するために数百個の機能を用意していますが、普通のコンベア搬送やポンプ・ファン用途であれば、設定すべき項目はたったの「5つ」です。
今回は、迷えるエンジニアのために「これだけ設定すればとりあえず完璧に動く」という、厳選された5つのパラメータを解説します。 (※本記事ではシェアNo.1の三菱電機製インバータ「FR-E800/E700シリーズ」の番号を例に解説します)
Step 0:まずは「オールクリア」で更地にする(儀式)
パラメータ設定を始める前に、必ずやってほしい「儀式」があります。 それは、「オールクリア(初期化)」です。
もしそのインバータが中古品だったり、他の誰かがテストで触ったものだった場合、前の変な設定が残っていると「手順通りにやったのに動かない!」という地獄を見ることになります。
- 三菱の場合:
ALLC(オールクリア)を実行 - やること: 工場出荷状態に戻す
まずは更地にして、真っ白なキャンバスの状態から始めましょう。これがトラブルを防ぐプロの鉄則です。
大前提:設定は「PUモード」でないと書き込めない
初心者が一番最初に挫折するポイントがここです。 パラメータを変えようとしても、画面に「Er(エラー)」が出て書き込めない!という現象。
これは故障ではありません。 インバータは安全のため、「運転中」や「外部運転モード(EXT)」の時は、パラメータ変更がロックされています。
- 対処法:
PU/EXTボタンを押して、「PU」ランプが点灯している状態(手動モード)にしてから設定を始めてください。
現場で絶対設定すべき「必須パラメータ」5選
準備ができたら、いよいよ設定です。以下の5つだけ見てください。他は無視してOKです。
① Pr.9 電子サーマル(モータを守る)
- 重要度: ★★★★★
第1回の記事で「インバータの二次側にサーマルリレーをつけるな!」と解説しました。
👉 (※リンク掲載予定です)
「じゃあ、モータが焼けたらどうするんだ!」と思った方、ここが答えです。
インバータには、電流値を監視してモータを守る「電子サーマル」という機能が内蔵されています。 しかし、インバータは自分が「何kWのモータを回しているか」を知りません。デフォルトでは、インバータ自身の定格電流(最大能力)が設定されています。
- 設定値: モータの銘板に書かれている「定格電流値(A)」を入力する。
これを忘れると、小さなモータに過負荷がかかってもインバータは「まだ余裕だぜ!」と電気を流し続け、モータが焼損します。 必ず設定してください。
② Pr.79 運転モード(指令元を決める)
- 重要度: ★★★★★
「配線は完璧なのに、外部スイッチを押しても動かない!」 現場でのトラブルNo.1がこれです。
インバータには2つの指揮系統があります。
- PU運転: インバータ本体の操作パネルで動かすモード
- 外部運転(EXT): 端子台につないだスイッチやPLCで動かすモード

外部(PLCなど)で自動運転したい場合は、ここを「外部運転モード固定」に変更する必要があります。
- 設定値:
2(外部運転モード固定)
これをしておかないと、電源再投入時などに勝手にPUモードに戻ってしまい、「朝になったら動かない!」というトラブルになります。
③ Pr.1 上限周波数(暴走を防ぐ)
- 重要度: ★★★★☆
「ボリュームを回しすぎて、コンベアが吹っ飛んだ」 そんな事故を防ぐためのリミッター(安全装置)です。
インバータ自体は120Hz(定格の倍速)まで出せますが、普通の汎用モータや機械側はそんな高速回転に耐えられません。 「どんなに指令がきても、60Hz以上は出さない」というキャップ(蓋)をはめておきましょう。
- 設定値:
60(Hz) ※高速仕様の場合はその値
④ Pr.7 / Pr.8 加速時間・減速時間
- 重要度: ★★★★☆
「スイッチONで急発進して荷崩れした」「停止時にガツンと止まって衝撃が大きい」 これを解決するのがこのパラメータです。
- Pr.7 加速時間: 0Hzから最大周波数に達するまでの時間(秒)
- Pr.8 減速時間: 最大周波数から0Hzに止まるまでの時間(秒)

デフォルトは5秒や10秒になっていますが、コンベアなら少し長めに(ゆっくり発進)、ポンプなら短めに、といった調整を行います。 「動きの滑らかさ」を決める、試運転で一番いじる項目です。
⑤ Pr.3 基底周波数(50Hz/60Hzの地域設定)
- 重要度: ★★★☆☆
最後は少し地味ですが、「トルク不足」を防ぐための設定です。 特に東日本(50Hzエリア)の方は要注意です。
インバータはデフォルトで「60Hz」が基準(基底周波数)になっていることが多いです。 50Hz用のモータを使っているのに設定が60Hzのままだと、電圧の上がり方が緩やかになりすぎて、「回転数は上がるけどパワー(トルク)が出ない」というスカスカな状態になります。
- 設定値: モータ銘板が「50Hz」なら
50に変更。
【番外編】回らない時は「Pr.0 トルクブースト」を疑え
必須の5つを設定した。配線も合ってる。でも、スタートボタンを押すと「ブー」と唸るだけでコンベアが動き出さない……。
そんな時は、第6の男「トルクブースト(Pr.0)」を呼んでください。 これは、力が出にくい「低速域(動き出し)」に、カツ丼(電圧)を大盛りにして無理やりパワーを出す機能です。
- 対処法: Pr.0の値を、1%ずつ上げてみる(例:6% → 7%)。
これでグイッと動き出すはずです。
⚠ただし、上げすぎ厳禁!
「おっ、強くなるならMAXまで上げちゃえ!」 これだけは絶対にやめてください。トルクブーストを上げすぎると、モータに過剰な電流が流れて、停止中や低速時にモータが異常発熱(焼損)します。
「えっ、低速で運転すると焼けちゃうの?」 「じゃあ、ゆっくり回したい時はどうすればいいの?」
実はそこに、「汎用モータ」と「インバータ専用モータ」の決定的な違いがあります。これについては、次回の記事で詳しく解説します。
👉 (※現在執筆中! 近日公開予定です)
【試運転】最後にこの3つをチェック!
設定が終わったら、いよいよ運転です。でも、いきなり全開にするのはNG。以下の3ステップで確認しましょう。
- 周波数指令は入っているか?(0Hzの罠)
- 「スタートボタンを押したのに回らない!」
- よく見ると画面が「0.00Hz」のままではありませんか? ボリュームを少し回して指令値を上げないと動きません。
- 回転方向は合っているか?(逆回転の罠)
- 一瞬だけ回して、回転方向を目視確認してください。
- もし逆だったら? 「設定」で直そうとせず、出力配線(U, V, W)のうち2本を物理的に入れ替えてください。
- 異音・振動はないか?
- 変なうなり音や振動がある場合は、無理に回さず停止してください。
【保存版】「書き込めない!」「止まった!」困った時のトラブルシューティング
「よし、設定完了!」と意気込んで操作しても、画面に謎のアルファベットが出て操作を受け付けてくれない……。インバータ初心者あるあるです。
ここでは、現場で頻発するエラーとその「即効性の高い解決策」をまとめました。マニュアルのページをめくる前に、まずここをチェックしてください。
1. パラメータ設定ができない!(Er表示)
設定ダイヤルを回して決定ボタンを押したのに、設定値が切り替わらずに Er が点滅する場合です。これは故障ではなく「手順ミス」です。
| 表示 | 原因 | 解決策 |
| Er4 | モード指定エラー 「外部運転モード(EXT)」のまま操作パネルで設定しようとしています。これが一番多いです。 | [PU/EXT] ボタンを押して、「PU」ランプが点灯する「PU運転モード」に切り替えてから設定してください。 |
| Er2 | 運転中書込みエラー モータが回転中(または運転信号が入ったまま)なので書き換えできません。 | 一度[STOP/RESET] ボタンを押してインバータを完全に停止させてから設定してください。 |
| Er1 | 書込み禁止エラー パラメータによってロックが掛かっています。 | Pr.77(パラメータ書込選択) の値を「2」(全モード書込可能)に変更してください。 |
2. 回そうとしたら警報が出た・止まった!(E.xx / OL)
スタートボタンを押した瞬間、または加速中にインバータが止まってしまう現象です。
■ 表示が点滅している(OL)
- 症状:
OL(Over Load)が点滅しているが、止まってはいない。 - 状態: 「あぶない! 無理してる!」というインバータからの悲鳴です。トリップ(停止)する手前で、インバータが必死に電流を抑えています。
- 対処法:
- Pr.7 加速時間 を長くする(例:5秒 → 10秒)。
- Pr.0 トルクブースト を1%上げて、低速トルクを増やす。
■ 「E.〇〇」が出て完全に止まった
- E.OC1 (加速中過電流遮断)
- 原因: 急発進しすぎ、または配線ショート。
- 対処法: Pr.7 加速時間 をもっと長くしてください。それでも出る場合は、U,V,Wの配線がショートしていないか確認してください。
- E.THT (インバータ過負荷遮断)
- 原因: 連続運転でインバータが熱くなりすぎています。
- 対処法: 負荷が重すぎます。一旦冷ましてから、負荷を軽くするか、加減速の頻度を減らしてください。

まとめ
- Pr.9 電子サーマル(モータを守る)
- Pr.79 運転モード(指令元を決める)
- Pr.1 上限周波数(暴走を防ぐ)
- Pr.7/8 加減速時間(動きを滑らかにする)
- Pr.3 基底周波数(50Hz/60Hzの地域設定)
まずはこの5つだけ設定してください。 これ以外の「多段速設定」や「DC制動」などは、「具体的な不満が出てから」辞書(マニュアル)を引けばいいのです。
最初から全部設定しようとするから、インバータは難しくなります。 「5つ設定したら、あとは試運転!」 このスタンスでいけば、インバータ設定は驚くほど簡単になりますよ。
インバータ攻略ロードマップ(全6回)
このブログでは、インバータの基礎からトラブル対応までを体系的に解説しています。
- 第1回【応用】インバータ回路にサーマルをつけるな! モーターが「低速」で燃える理由と、正しい守り方
- 「まずはこれをやめろ」からスタート。
- 第2回 【基礎】インバータはただの「変速機」じゃない! 魔法の箱の中身と、新人がハマる「3つの勘違い」
- そもそもインバータって何?(V/f制御・仕組み)「ギザギザ波形」や「周波数」の正体を解説し、基礎を固める。
- 第3回 【インバータ配線編】そのMC、そこに入れたら爆発します。〜「たぶん大丈夫」が命取り!致命的な配線ミス8選〜
- 爆発や焼損を防ぐ、正しいハードウェアの組み方。
- 第4回 【設定】インバータのマニュアルは読むな!現場で設定すべき「必須パラメータ」は5つだけ👈今回はココ!
- 配線ができたら、とりあえず動かすための最短設定。
- 第5回 【選定】「インバータ専用モーター」って何が違う? 標準モーターとの「決定的な差」と使い分け
- 冷却ファンと絶縁性能の違い。用途に合わせた機器選定。
- 第6回【番外編】インバータの「キーン」音、消していいの? ノイズとキャリア周波数の「トレードオフ」を理解せよ
- 音とノイズはトレードオフ 〜キャリア周波数の真実。現場で起きるトラブルシューティングと仕上げ。
