インバータ盤の前を通ると聞こえる、あの「キーン……」という高い音。 気になりますよね。特に静かな工場だと、「耳障りだからなんとかならないか」と相談されることがあります。
そこで、マニュアルを読んだ真面目な新人がこう言います。 「先輩! 『キャリア周波数』っていう設定を上げたら、音が消えました! これで解決です!」
……その設定、ちょっと待った。 実はその「静けさ」と引き換えに、目に見えない「電気的なノイズ」が工場中に撒き散らされているかもしれません。
今回は、音を消すことの「代償(トレードオフ)」と正しい設定の判断基準について解説します。
1. 「キーン音」の正体とキャリア周波数
あの音の正体は、モーターのコイルが磁力で振動している音(電磁音)です。 インバータは、電気を高速で「ON/OFF」して擬似的な波形を作っていますが、その「切り替えスピード」のことを「キャリア周波数」と呼びます。
- 三菱電機での記号例:
Pr.72(PWM周波数選択)
仕組みは「モスキート音」と同じ
- 周波数が低い(例:2kHz): 人間の耳に聞こえる高さ。「キーン」と鳴る。
- 周波数が高い(例:14kHz): 人間の可聴域(〜20kHz)に近づくため、聞こえなくなる。
「なんだ、じゃあ高くすればいいじゃん」と思いますよね? ここに、インバータ最大の罠があります。
2. 「静かさ」の代償(トレードオフ)
キャリア周波数を変更すると、以下の要素がシーソーのように動きます。
A. キャリア周波数を「上げる」(静音モード)
設定値を大きくする(例:2kHz → 10kHz)。
- メリット(光):
- 静かになる: モーターの不快な音が消えます。
- 波形が滑らか: 電流波形がきれいになり、モーターの回転がより滑らかになります。
- デメリット(影):
- ノイズが増える: スイッチング回数が増えるため、周囲のセンサーやラジオにノイズを撒き散らします。
- 漏れ電流が増える: 漏電ブレーカー(ELB)が誤作動してトリップしやすくなります。
- インバータが発熱する: 内部のIGBT(パワートランジスタ)が過労死寸前になり、寿命が縮む可能性があります。
B. キャリア周波数を「下げる」(騒音モード)
設定値を小さくする(例:初期値 または 2kHz以下)。
- メリット:
- ノイズが減る: センサー誤動作や漏電トラブルが減ります。
- 発熱が減る: インバータに優しい運転になります。
- 配線距離が長くても安心: 遠くのモーターを回す時は下げるのが鉄則です。
- デメリット:
- うるさい: 「ジー」「キーン」という音が鳴り響きます。
3. なぜ「静か」にするとトラブルが起きるのか?
① 漏電ブレーカーが落ちる(漏れ電流)
インバータは高速でスイッチングする際、ケーブルと大地の間に微弱な電気(漏れ電流)を捨てながら動いています。 キャリア周波数を上げるということは、「電気を捨てる回数を増やす」ということです。 結果、漏電ブレーカーが「あ!漏電だ!」と勘違いして、電源を落としてしまうのです。
② センサーが誤動作する(放射ノイズ)
スイッチングの回数が増えると、インバータのケーブル自体がアンテナになり、強い電波(ノイズ)を出します。 これが近くのセンサ線に乗ると、「物体がないのに反応する」といった幽霊現象を引き起こします。
4. 現場での「正しい判断基準」
では、結局どうすればいいのか? 現場の鉄則はこれです。
- 基本は「初期値」で放置
- メーカーの初期値は、音とノイズのバランスが取れた設定になっています。苦情がない限り触らないでください。
- トラブルが出たら「下げる」
- 「試運転中に漏電ブレーカーが落ちた」
- 「近接センサが勝手にピカピカ光る」
- こういう時は、迷わずPr.72を下げてください(例:2kHzへ)。音がうるさくなっても、設備が止まるよりマシです。
- どうしても音を消したいなら「フィルタ」を入れる
- オフィス環境や病院など、どうしても静音化が必要な場合のみ、キャリア周波数を上げます。
- その代わり、増大したノイズを抑えるために「ノイズフィルタ(ゼロ相リアクトルなど)」を追加投資してください。
コラム:お守り代わりの「フェライトコア」 「ノイズフィルタなんて買う予算ないよ!」 そんな時は、インバータの出力配線に「ゼロ相リアクトル(フェライトコア)」を通すだけでも効果があります。 ドーナツ型の磁石のような部品に、ケーブルを3〜4回巻きつけるあれです。数百円〜数千円でできる、現場最強のノイズ対策です。
まとめ:音を消すことだけが正義じゃない
- キャリア周波数を上げる = 耳には優しいが、電気機器には厳しい。
- キャリア周波数を下げる = 耳にはうるさいが、電気機器には優しい。
「うるさいから」という安易な理由だけで設定を変えると、見えない電気ノイズで痛い目を見ます。 「電気的なノイズ」と「耳へのノイズ」のバランスをとる。 これができて初めて、インバータマスターです。
【完結】インバータ攻略ロードマップ(全6回振り返り)
これにて、インバータ攻略シリーズ完結です! もし見逃している回があれば、ぜひ振り返ってみてください。
ここまで読んだあなたは、もう「インバータ怖い…」と逃げていた頃のあなたではありません。 自信を持ってカタログを開き、配線し、設定してください。 インバータは、あなたの最強の武器になるはずです!
- 第1回【応用】インバータ回路にサーマルをつけるな! モーターが「低速」で燃える理由と、正しい守り方
- 「まずはこれをやめろ」からスタート。
- 第2回 【基礎】インバータはただの「変速機」じゃない! 魔法の箱の中身と、新人がハマる「3つの勘違い」
- そもそもインバータって何?(V/f制御・仕組み)「ギザギザ波形」や「周波数」の正体を解説し、基礎を固める。
- 第3回 【インバータ配線編】そのMC、そこに入れたら爆発します。〜「たぶん大丈夫」が命取り!致命的な配線ミス8選〜
- 爆発や焼損を防ぐ、正しいハードウェアの組み方。
- 第4回 【設定】インバータのマニュアルは読むな!現場で設定すべき「必須パラメータ」は5つだけ
- 配線ができたら、とりあえず動かすための最短設定。
- 第5回 【選定】「インバータ専用モーター」って何が違う? 標準モーターとの「決定的な差」と使い分け
- 冷却ファンと絶縁性能の違い。用途に合わせた機器選定。
- 第6回【番外編】インバータの「キーン」音、消していいの? ノイズとキャリア周波数の「トレードオフ」を理解せよ 👈今回はココ!
- 音とノイズはトレードオフ 〜キャリア周波数の真実。現場で起きるトラブルシューティングと仕上げ。
