「モーターの見積もりを取ったら、『インバータ専用にしますか?』と聞かれた。値段を見たら標準より高いし、納期もかかる。……まあ、標準モーターでいいか」
ちょっと待った! その「まあいいか」が、半年後に「モーター焼損」や「謎の漏電エラー」という時限爆弾になって爆発します。
見た目はそっくりなこの2つのモーター。実は中身は「別モノ」です。 今回は、インバータを使うなら絶対に知っておくべき「標準モーターと専用モーターの決定的な3つの違い」を解説します。 これを読めば、いつ「高い方」を買うべきか、自信を持って判断できるようになります。
違い①:冷却ファン(自力か、他力か)
これが最大の違いであり、以前の記事で触れた「低速運転で焼ける」原因です。
標準モーター:自分自身の回転で冷やす(外扇型)
標準モーターのお尻には、軸に直結されたプロペラ(ファン)が付いています。
- 高速回転(60Hz): ビュンビュン風が起きて冷える。
- 低速回転(10Hz): ファンもゆっくりしか回らないので、風が全く起きない。
つまり、標準モーターを低速で運転し続けるというのは、「真夏のサウナで、うちわも扇がずに全力疾走する」のと同じです。そりゃ熱中症(焼損)になります。
専用モーター:電動ファンで強制冷却(別電源)
専用モーターのお尻には、「常に全速力で回る電動ファン」が別個についています。 モーターの軸が止まっていても、ファンだけは常に「ブォーッ」と最強の風を送り続けます。だから、低速運転でも(なんなら停止していても)キンキンに冷やせるのです。
違い②:トルク特性(低速域のスタミナ)
「インバータ専用モーター」は、別名「定トルクモーター」とも呼ばれます。
標準モーター:低速でヘロヘロになる
標準モーターは、本来「商用電源(50/60Hz)」で回るように設計されています。 インバータで無理やり周波数を下げると、20Hz〜30Hzを下回ったあたりから急激にパワー(トルク)が出せなくなります。 無理やり設定(トルクブースト)で力を出させることもできますが、前述の「冷却不足」と相まって、すぐに電流オーバーで限界が来ます。
専用モーター:0Hz付近から「定格トルク」が出せる
専用モーターは、低周波数でも磁束が安定するように設計されています。
- 標準モーター: 60Hz〜30Hzくらいまでしか100%の力が出せない。
- 専用モーター: 6Hz〜60Hz(あるいは0Hz〜60Hz)の全域で100%の力が出せる。
これを「定トルク特性」と呼びます。 重い荷物をゆっくり持ち上げるような用途では、この特性が必須になります。

違い③:絶縁性能(400V級ユーザーは要注意!)
これ、意外と知られていませんが、400V級の設備では「必須」の知識です。
インバータが作る電気は、綺麗な波形ではなく、高速スイッチングで作った「ギザギザのパルス波」です。 このパルス波を使って長いケーブルで電気を送ると、配線の末端で電気が跳ね返り、「マイクロサージ電圧」という高電圧のトゲ(スパイク)が発生します。

標準モーター:被覆に穴が空く
標準モーターのコイル被覆(エナメル)は、このサージ電圧に耐えられず、被覆が破れて「レアショート(層間短絡)」を起こすことがあります。 特に400V級の場合、サージ電圧は簡単に1000V〜1200Vを超えてくるため、標準絶縁ではひとたまりもありません。
専用モーター:サージに耐える「強化絶縁」
専用モーターには、「サージ対策強化線」が使われています。 一般的に1250V以上の高電圧サージにも耐えられる設計になっており、インバータ駆動特有の電気的ストレスで壊れることはまずありません。
【結論】
- 200V級: 標準モーターでも耐えられることが多い(サージ電圧が低いから)。
- 400V級: 絶対に「専用モーター(絶縁強化品)」を選んでください。 標準モーターを使うと高い確率で焼損します。
【フローチャート】どっちを選べばいいの?
「違いはわかったけど、毎回高い方を買う予算はないよ」 その通りです。適材適所で使い分けましょう。以下の質問にYES/NOで答えてください。
Q1. 20Hz以下で連続運転しますか?
- YES: 【専用モーター】(標準だと冷却不足で焼けます)
- NO: 次へ
Q2. 昇降機やコンベアなど、低速でも「重い」ですか?
- YES: 【専用モーター】(低速トルクが必要です)
- NO: 次へ(ファンやポンプなら標準でOK)
Q3. 電源電圧は400V級ですか?
- YES: 【専用モーター】(絶縁破壊のリスクがあります)
- NO: 【標準モーター】でOK!
まとめ:低速を使うならケチるな
- 標準モーター = 高速域(商用周波数付近)で使うためのもの。ファン・ポンプ向け。
- 専用モーター = 低速から高速まで、自由自在に操るためのもの。搬送・昇降・400V向け。
「とりあえず標準でいいや」で済ませていいのは、「ファン・ポンプ」か「たまにしか速度を下げない」場合だけです。 低速運転を多用するラインで標準モーターを使うと、数ヶ月後にモーター交換という高い授業料を払うことになります。
さて、ここまでの回で、インバータの選定から設定まで完璧になりました。 しかし、現場にはもう一つ、インバータにつきまとう「見えない悪魔」がいます。
次回はラジオに雑音が入る、センサが誤動作する……そんな心霊現象の正体を暴きます。

インバータ攻略ロードマップ(全6回)
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