制御盤の扉を開けたとき、蝶番(ヒンジ)の近くに、きしめんのような「平べったいアース線」が付いているのを見たことがありませんか?
「ああ、感電防止のアースでしょ? 扉にも電気流れるかもしれないし」 そう思った貴方。半分正解で、半分間違いです。
もしその線がなかったら、貴方の制御盤はノイズに対して「フタが開いている」のと同じ状態かもしれません。
実務9年の電気設計者が、今回はアース対策の総仕上げとして、筐体そのものをノイズに強くする「ボンディング(等電位化)」と、メーカーが平たい線を推奨する「物理的理由」について徹底解説します。
この記事を読めば、「なぜIV線じゃダメなのか」を物理学と規格の観点から完全に理解でき、コスト削減を迫る上司や客先を論理的に説得できるようになります。
ただし、「ある施工」を忘れると、平編み線は何の意味もなさなくなります。その落とし穴まで含めて解説します。
なぜ「鉄の箱」に入れるのか?(ファラデーケージの崩壊)
そもそも、なぜインバータやPLCを「金属の筐体」に入れるのでしょうか? 防塵・防水のためだけではありません。最大の目的は、「ファラデーケージ効果」を得ることです。
制御盤は「電波の檻(おり)」である
ファラデーケージとは、導体(金属)で囲まれた空間のことです。 理想的な金属の箱であれば、内部で発生した高周波ノイズを閉じ込め、外部への漏洩を完全に防ぐことができます。
しかし、現実の制御盤には、ある致命的な欠陥があります。 それが「扉」です。
蝶番(ヒンジ)は電気を通さない
扉と本体を繋ぐ「蝶番」や「ハンドル」を思い出してください。 これらは金属同士が擦れ合う部分であり、油が塗られていたり、構造的に浮いていたりで、電気的にはほとんど繋がっていません。つまり、高周波ノイズから見れば、扉の部分だけ「巨大な穴(スリット)」が開いているのと同じことなのです。
この「穴」を塞がない限り、あなたの制御盤はシールド効果のない「ただの鉄板の寄せ集め」に過ぎません。
メーカーが「きしめん線」を指定する理由
「穴を塞ぐために、アース線で繋げばいいんでしょ?」 制御盤の扉を開けたとき、蝶番の近くに「緑色(または緑/黄)の丸い電線」が繋がっているのをよく見かけます。
「アースなんて繋がっていれば何でもいいだろ?」 「感電しなきゃいいんだから、普通のIV線で十分でしょ」
私も昔はそう思っていました。 しかし、三菱電機などのサーボアンプのマニュアル(EMC設置ガイドライン)を見てください。ノイズ対策の項目に、はっきりとこう書かれています。
「扉と制御盤本体は,できるだけ多くの箇所で平編み線で接続する。」
そう、メーカーはわざわざ「平編組銅線(きしめんのような線)」を指定しているのです。 なぜ、普通の丸い線ではダメなのか? そこには、「丸い線では絶対に防げないノイズ」を封じ込めるための、明確な物理的理由があります。
なぜ「扉」がノイズを出すのか?(見えないコンデンサ)
「扉なんてただの鉄板だろ? 電線も繋がってないのに、なんでノイズが乗るんだ?」 これは多くの新人が抱く疑問です。しかし、高周波ノイズの世界では常識が覆ります。
空気を通してノイズが飛び移る
盤内にはインバータやサーボの動力線が這い回っており、常に強力な高周波ノイズを放射しています。このとき、以下の現象が起きます。
- 静電結合: 動力線と扉の間にある「空気」が絶縁体となり、見えない「コンデンサ」が形成されます。高周波ノイズはこの空間を飛び越えて、動力線から扉へと移動します。
- 扉のアンテナ化: ノイズを受け取った扉ですが、先述の通り蝶番で浮いているため、逃げ場がありません。結果、扉全体が帯電し、巨大なアンテナとなってノイズを撒き散らします。
これを防ぐには、アンテナ(扉)を強制的にアース(筐体)に短絡させる必要があります。これが「ボンディング(等電位化)」です。
なぜ「丸い線」ではダメなのか?(表皮効果)

「じゃあ、手元にある緑色のIV線(丸い線)で繋げばいいじゃないか」 そう思うかもしれませんが、ノイズ対策としては不合格です。
高周波は「表面」しか走れない
電気(特にMHz帯域の高周波ノイズ)には、導体の表面ばかりを通りたがる「表皮効果」という性質があります。
- 丸い線(IV線):
断面積はあっても「表面積」は小さく、インダクタンスが高いため、高周波ノイズにとっては「通りにくい細い道」です。 - 平編み線:
網状で平たいため、圧倒的な「表面積」を持っています。インダクタンスが低く、高周波ノイズがスムーズに流れる「高速道路」となります。
どんなに高価なノイズフィルタを入れても、そのゴミ(ノイズ)を捨てる下水道(アース線)が詰まっていたら意味がありません。 フィルタの性能を殺さないためにも、物理的に「平らな線」が必要なのです。
「規格の壁」を突破せよ! 海外案件での選定術

ここで多くの設計者が壁にぶつかります。 「平編み線を使いたいが、CEマーキング対応の『緑/黄色の被覆付き』が見つからない! 裸の線を使ったら規格NGになるのでは?」
結論から言います。裸の平編み線で、規格上まったく問題ありません。 その根拠は2つあります。
① そもそも「CEマーク禁止」部品である
「普通の電線」には絶縁被覆があり、「定格電圧(例:600V)」という安全性能を持っています。だからCEマークの対象になります。
一方、裸の平編み線には「絶縁」がありません。 絶縁がない以上、「定格電圧」という概念自体が存在せず、それ単体では安全を保証できないため、規格上は電気機器ではなく「単なる金属部品(Component)」として扱われます。
EUのガイドラインでは「部品にCEマークを付けてはいけない」というルールがあるため、裸の平編み線にCEマークがないのは、手抜きではなく「規格通り」なのです。
② 色の例外規定(IEC 60204-1)
国際規格IEC 60204-1(JIS B 9960-1)では、アース線は「緑/黄」が原則ですが、明確な例外があります。 実際の条文(13.2.2項)を見てみましょう。
「保護導体が、その形状、位置又は構造(例えば、編組導体、裸導体)によって容易に識別できる場合、……全長にわたって色分けする必要はない」
さらに、その直後にこう続きます。
「ただし、導体が全長にわたって明瞭に見えない場合は、端末付近又は接近可能な場所に、IEC 60417-5019…に規定する図記号(アースマーク)、又は文字PE、若しくは緑と黄との2色組合せによる明確な識別をしなければならない。」
この「ただし書き」が重要です。 逆に言えば、「全長が明瞭に見えているなら、識別マークすら要らない」と規格が明言しているのです。
制御盤の扉に使われる平編み線は、短くて「全長が丸見え」の状態ですよね? つまり、「あの独特な平たい形こそがアースの証。だから裸のままで100%規格適合」なのです。
【結論】何を買えばいいのか?
規格の心配はいりません。以下の基準で選んでください。
- 推奨品:Rittal(リタール)等の「UL Listed」平編アースストラップ
- CEマークはありませんが、「UL Listed」が強力な品質証明(パスポート)になります。
- もちろん、国内メーカーの同等品でも、形状が「平編み線」であれば物理的な効果も規格上の扱いも同じです。自信を持って「裸」で使ってください。
なぜ「平編み線」が最もコスパの良い選択なのか?
もし社内で「わざわざ専用の線を買うのはコストの無駄だ」「IV線で十分だ」という意見が出たら、三菱電機等のマニュアル(EMC設置ガイドライン)を見せて説明しましょう。
実はマニュアルには、平編み線よりもはるかに厳しい要求事項が書かれています。
- 「ドアと制御盤本体の接合部には,EMIガスケットと導電性パッキンを使用する」
- 「入力電源部を金属製の遮蔽板で絶縁し……」
これらを忠実に実行しようとすれば、板金設計そのものを見直す必要があり、コストも工数も跳ね上がります。
最も「手軽」な推奨対策を選ぶ
メーカーが推奨する数ある対策の中で、「既存の盤設計を変えずに」「誰でもすぐ実践できて」「最も安価」なのが、この「平編み線」への変更です。
- ガスケット追加: 板金変更が必要(数万円〜)
- 遮蔽板の追加: 設計変更が必要(数万円〜)
- 平編み線へ変更: 線を変えるだけ(数千円)
「メーカー推奨のEMC対策の中で、最もコストパフォーマンスが良い方法を採用しました」 こう説明すれば、エンジニアとして合理的かつ責任ある判断であると理解してもらえるはずです。
買って安心するな! 最大の敵は「塗装」にあり
ここまで読んで、平編み線を手配した貴方。素晴らしい行動力です。 しかし、現場で取り付け作業をする際、絶対にやってはいけない「タブー」があります。
それは、「塗装の上からそのままネジ止めすること」です。
塗装=絶縁体(電気を通さない壁)
制御盤の塗装(マンセル5Y7/1や2.5Y9/1など)は、美観だけでなく防錆のための強力なコーティングです。つまり、電気的には「絶縁体」です。 どんなに高性能な平編み線を使っても、塗装の上からネジを締めただけでは、電気は流れません。それはアースではなく、ただの「飾り」です。
「塗装を剥がす勇気」を持て
ノイズ対策を成功させるには、以下の手順を徹底してください。
- 地肌を出す: 接続面の塗装を、スクレーパーやディスクグラインダーで躊躇なく削り落としてください。鉄の地肌(銀色)が見えるまで完全に剥がします。 「新品の盤に傷をつけるようで怖い」と思うかもしれませんが、ノイズトラブルで後から現場改修する方がよっぽど恥ずかしい事態です。
- 「歯付き座金」で食い込ませる: ボルト締めする際は、必ず「歯付き座金(菊座金・外歯/内歯ワッシャー)」を挟んでください。 ギザギザの刃が金属表面の酸化膜を突き破り、長期的に安定した導通(ガス気密接続)を確保してくれます。
「塗装を剥がし、歯付き座金で、地肌に噛み込ませる」 ここまでやって初めて、平編み線はその真価を発揮します。
【中級者向け】「極太の丸線じゃダメ?」「フィルタがあれば不要?」
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ここからは、脱・初心者のための「現場で差がつく」深掘りQ&Aです。
Q1. 高価な「ノイズフィルタ」を入れるから、平編み線は不要では?
A. フィルタの性能を殺さないために、平編み線が必須です。
これは最も多い勘違いです。ノイズフィルタはノイズを消滅させる魔法の箱ではなく、「ノイズをアースへ捨てる装置(ゴミ収集車)」です。 一方、アース線はそのゴミを流す「下水道」です。
- フィルタ+丸い線: 下水道が詰まっている状態。フィルタが捕まえたノイズが流れず、溢れて逆流します。
- フィルタ+平編み線: 下水道が太い状態。ノイズがスムーズに排出されます。
「高いフィルタを入れたのにノイズが落ちない」というトラブルの多くは、アース線(下水道)の能力不足が原因です。フィルタを使うなら、セットで平編み線を使いましょう。
Q2. 丸い線でも「極太」にすれば、表面積は稼げるのでは?
A. 物理的に「制御盤の扉」が壊れます。
平編み線と同じ「表面積」を丸い線で確保しようとすると、計算上、直径13mm以上(100sqクラス)のケーブルが必要になります。
- 100sqのケーブル: 親指より太く、鉄棒のように硬い。
- 結果: 扉が閉まらないか、反発力で蝶番(ヒンジ)が破壊されます。
平編み線なら、同じ表面積を「厚さ数mm」で確保でき、柔軟性もあります。 また電気的にも、丸い形状より平たい形状の方が「インダクタンス(L成分)」が低くなるため、高周波ノイズを流すには圧倒的に有利です。
Q3. 「導電性ガスケット」を使えば、平編み線より強力なのでは?
A. 理論上は最強ですが、現場での「永続性」に難があります。
導電性ガスケットで全周をシールドすれば、物理的な隙間がなくなるため、理論上のシールド効果は平編み線(点接触)を凌駕します。 しかし、これを実現するには「接触面(開口部のフチ全周)の塗装を完全に剥がす」必要があります。
- 施工リスク: 現場で数メートルの塗装を均一に剥がすのは至難の業です。
- 腐食リスク: 剥がした面は即座に酸化(サビ)が始まります。導電性グリス等での防錆管理を全周にわたって維持するのは、メンテナンスの観点から現実的ではありません。
「効果は80点だが、恒久的に維持できる平編み線」を選ぶのが、現場の最適解です。
Q4. 「オールステンレス(SUS)盤」なら塗装がないから最強では?
A. SUSは「電気抵抗」が高すぎるため、やはり平編み線(銅)が必要です。
SUS盤は塗装剥がしが不要なため、ボディアースは取りやすいです。しかし、素材としての「電気抵抗」に落とし穴があります。
- 銅の電気抵抗: 1(基準)
- ステンレス(SUS304)の電気抵抗: 約42倍
ステンレスは金属の中では電気が流れにくい素材です。 筐体自体が高抵抗だと、ノイズがスムーズにグランドへ抜けきらず、盤全体が帯電してしまうリスクがあります。 たとえSUS盤であっても、「銅(平編み線)」という超・低抵抗のバイパスを通してあげることで、ノイズを素早く逃がすのが鉄則です。
まとめ:たかが一本、されど一本
- 理論: 制御盤は「ファラデーケージ」。扉の電気的隙間を埋めないと意味がない。
- 物理: 高周波は表面を走る。だから「平編み線(表皮効果)」一択。
- 施工: 塗装を剥がさないなら、やる意味はない。
制御盤の扉の裏にある、あの一本の平たい線。 そこには、見えないノイズと戦う設計者の「技術」と「知恵」、そして合理的な「コスト意識」が詰まっているのです。
筐体の守りは完璧になりました。しかし、ノイズは空から降ってくるだけではありません。「電源ケーブル」を伝って、堂々と正面玄関から入ってくるヤツらがいます。