「先輩! インバータの図面描きました! もちろんモーターを守るために、出力側にサーマル入れておきました!」
新人の頃、自信満々でこう報告した私に、先輩は苦笑いしながらこう教えてくれました。 「うん、モーターを守ろうとする姿勢は素晴らしいね。でも実は、インバータを使う時はサーマルを入れちゃダメなんだ。 むしろ、あると邪魔になっちゃうんだよ」
前回の記事まで、「サーマルリレーはモーターを守る守護神だ」と解説してきましたが、「インバータ制御」の世界に入った瞬間、その常識は通用しなくなります。
インバータ回路に普通のサーマルを入れると、「誤作動して止まる」か、逆に「守れずにモーターが燃える」かのどちらかです。
今回は、直入れ回路(商用電源)とは全く異なる「インバータの保護ルール」について解説します。
1. 導入:そのサーマル、実は「邪魔」です
まず結論から言います。 インバータ制御を行う場合、インバータとモーターの間(二次側)に、物理的なサーマルリレーを入れてはいけません。
【昔(直入れ)の配線】 [MCCB] ━ [MC] ━ [サーマル] ━ [モーター] (これは正解)
【今(インバータ)の配線】 [MCCB] ━ [MC] ━ [インバータ] ━ [モーター] (これで正解! 出力側は直結!)
「えっ、保護機器なしで直結? 燃えないの?」と不安になるかもしれませんが、大丈夫です。 むしろ、物理サーマルをつける方がリスクが高いのです。その理由は大きく2つあります。
2. 理由①:「高調波」で誤作動する(ノイズの悪戯)
そもそもインバータとは、「電気のスイッチをものすごい速さでON/OFFして、疑似的に波(交流)を作っている機械」です。
電力会社から来る電気はきれいな波(正弦波)ですが、インバータが作る電気は、拡大してみるとギザギザのノイズ(高調波成分)だらけです。
この「ギザギザ」が、サーマルリレーにとっては大敵です。 サーマルの中にあるバイメタル(熱で曲がる金属板)は、この高調波の影響を受けると、実際の電流値以上に発熱してしまう特性があります。
- 実際の電流: 10A(正常)
- サーマルの温度: 15A分くらいの熱さ(アチチ!)
- 結果: 「過負荷だ!」と勘違いしてトリップする。
【深掘り】犯人は「表皮効果(スキンエフェクト)」
「電流値は正常なのに、なぜサーマルだけ熱くなるの?」 その物理的な原因は、高周波特有の「表皮効果」という現象です。
電気には周波数が高くなればなるほど、「電線の表面を通りたがる」という性質があります。 インバータの高調波(ノイズ)成分は、サーマル内部のヒーター(バイメタル)の中心を通らず、表面の皮一枚の部分に集中して流れます。
- 低周波(50/60Hz): 電線全体を使ってゆったり流れる。
- 高周波(ノイズ): 表面の狭いエリアに全員が殺到する。
結果、電気の通り道が狭くなるため抵抗が増え、「表面だけ猛烈に発熱する」という状態になります。 中身(実際の電流エネルギー)はスカスカなのに、センサーであるバイメタルだけがアチチになってしまい、「過負荷だ!」と誤判断してトリップするのです。
3. 理由②:「低速運転」でモーターが燃える(これが一番怖い!)
誤作動ならまだマシ(安全側に働くから)ですが、一番恐ろしいのは「サーマルが反応しないまま、モーターが焼け焦げる」パターンです。
なぜそんなことが起きるのか? その原因は、標準モーターの「冷却ファン」の仕組みにあります。
【図解】「自分であおぐ」のをサボるな!
普通のモーター(汎用モーター)の後ろには、冷却ファンがついています。 このファンはモーターの軸と直結しており、モーターと同じ速度で回ります。
インバータを使って、回転速度を落とすとどうなるでしょうか?
- 全速(60Hz)の時:
- ファンもブンブン回る。風量マックス。しっかり冷える。
- 低速(10Hz)の時:
- ファンも超ゆっくり回る。風が全然起きない。
物理サーマルの盲点
ここで、物理サーマルリレーの気持ちになってみましょう。 サーマルは「電流の大きさ」しか見ていません。「風があるかどうか」なんて知らないのです。
- 状況: モーターを低速(10Hz)で連続運転中。
- 電流: 定格電流ギリギリ(例: 10A)流れている。
- サーマル: 「うん、定格内だね。ヨシ!」
- モーター: 「ちょ、待って! 風が来ない! 同じ10Aでも、冷やしてくれないと熱が溜まって……ギャー!!(焼損)」
物理サーマルは、「ファンがサボっている(風量が落ちている)」ことを知りません。 だから、定格電流以下でもモーターが過熱して燃えてしまうのです。

4. 正解は「電子サーマル」を使うこと
では、どうやって守ればいいのか? 答えは簡単です。インバータの中にいる「電子サーマル」機能を使います。
インバータは賢いので、以下のことを全て把握しています。
- 今、何アンペア流れているか?(電流)
- 今、何Hzで回しているか?(回転数)
インバータ内部のCPUは、「今は低速(10Hz)だから、ファンの風量がこれくらい落ちるはずだ。なら、いつもより厳しめに(早めに)トリップさせなきゃダメだな」という複雑な計算(補正)をリアルタイムで行っています。
設定方法は?
やることは一つだけ。 インバータのパラメータ(例:三菱ならPr.9)に、「モーターの定格電流値」を入力するだけです。 これだけで、外付けのサーマルなんかより遥かに優秀な「頭脳派守護神」が起動します。
5. 【超重要】「モーターの種類」を教えないと意味がない!
ここで一つ、初心者が必ずハマる「設定の落とし穴」をお伝えします。 電子サーマルを使う時は、電流値だけでなく「モーターの種類」も正しく設定する必要があります。
インバータ用モーターには2種類あります。
- 標準モーター: ファンが軸直結。低速で冷えない。(Pr.71 = 0)
- 定トルクモーター: 電動ファン付き。低速でもガンガン冷える。(Pr.71 = 1)
もし設定を間違えると…?
現場にあるのが「標準モーター(冷えない)」なのに、設定を「定トルク(冷える)」にしてしまうと、インバータはこう判断します。 「こいつは専用モーターだな! じゃあ低速でも電流流しまくってOKだな!」
結果、電子サーマルによる補正が働かず、モーターが燃えます。 パラメータ設定時は、必ず「今ついているモーターはどっちか?」を確認してください。
モーターの選定方法については以下の記事で解説しています。

6. 【注意】電子サーマルも「万能」ではない
ここまで「電子サーマル最強!」と言ってきましたが、弱点が一つだけあります。 それは、「シミュレーション(計算)でしかない」ということです。
例えば、こんな状況は検知できません。
- 「ファンの吸気口にゴミが詰まって、風が出ない」
- 「夏場の閉め切った部屋で、周囲温度が異常に高い」
インバータは「計算上は冷えているはず」と思い込むため、物理的に風が止まると守りきれません。 絶対に止めてはいけない超重要設備の場合は、モーターのコイルの中に「サーマルプロテクター(熱スイッチ)」を埋め込むのが、最強の物理防御になります。
7. 例外:それでも「物理サーマル」が必要な時
「じゃあ、外付けサーマルは全廃でいいんですね?」 というと、実は例外が1つだけあります。
それは、「1台のインバータで、複数のモーターを回す時」です。
インバータ本体は「合計の電流」しか分かりません。 「Aのモーターがロックして、Bのモーターは空転している」といった個別のトラブルは見抜けないのです。 この場合だけは、各モーターの手前に物理サーマルを入れる必要があります。
【⚠️ 選定の注意】 ここで普通のサーマルを使うと、前述の「表皮効果」で誤作動します。 必ず「インバータ対応型(遅動形)」や「飽和リアクトル付き」を選定してください。 (※これらは高調波ノイズを除去する機能がありますが、低速時の冷却不足までは守れないので、低速運転するならインバータ専用モーターとの組み合わせを推奨します)
まとめ:餅は餅屋、保護はインバータ屋
- インバータ回路に、普通のサーマルを入れてはいけない。
- 理由は「表皮効果による誤作動」と「低速時の冷却不足(焼損リスク)」。
- インバータ内蔵の「電子サーマル」を設定するのが正解。
- ただし、「モーターの種類(標準/定トルク)」の設定ミスには要注意!
「モーターを守る=サーマルを買ってくる」という思考停止を一度捨てて、「誰が一番モーターの状態を知っているか?」を考えてみてください。 インバータ制御の場合は、司令塔であるインバータ自身に守らせるのが一番安全なのです。
【次回予告】
「インバータには電子サーマル!」ということは分かりました。 でも、そもそも「インバータって中で何をしている箱なのか」、自信を持って説明できますか?
「周波数を下げると、電圧も下がる?(V/f制御)」 「減速すれば、ギアみたいにパワーが上がると思ってる?」
もしここで詰まったなら、あなたは次の現場で「思わぬ勘違い」をする可能性があります。 パラメータや配線を触る前に、まずは敵(インバータ)の中身を知りましょう。
次回は、意外と知らない「インバータの基礎・仕組み」と、新人がハマる「3つの勘違い」について解説します!

インバータ攻略ロードマップ(全6回)
このブログでは、インバータの基礎からトラブル対応までを体系的に解説しています。
- 第1回【応用】インバータ回路にサーマルをつけるな! モーターが「低速」で燃える理由と、正しい守り方👈今回はココ!
- 「まずはこれをやめろ」からスタート。
- 第2回 【基礎】インバータはただの「変速機」じゃない! 魔法の箱の中身と、新人がハマる「3つの勘違い」
- そもそもインバータって何?(V/f制御・仕組み)「ギザギザ波形」や「周波数」の正体を解説し、基礎を固める。
- 第3回 【インバータ配線編】そのMC、そこに入れたら爆発します。〜「たぶん大丈夫」が命取り!致命的な配線ミス8選〜
- 爆発や焼損を防ぐ、正しいハードウェアの組み方。
- 第4回 【設定】インバータのマニュアルは読むな!現場で設定すべき「必須パラメータ」は5つだけ
- 配線ができたら、とりあえず動かすための最短設定。
- 第5回 【選定】「インバータ専用モーター」って何が違う? 標準モーターとの「決定的な差」と使い分け
- 冷却ファンと絶縁性能の違い。用途に合わせた機器選定。
- 第6回【番外編】インバータの「キーン」音、消していいの? ノイズとキャリア周波数の「トレードオフ」を理解せよ
- 音とノイズはトレードオフ 〜キャリア周波数の真実。現場で起きるトラブルシューティングと仕上げ。
