「ねぇ、この装置、ちゃんとISO 12100に準拠してリスクアセスメントやった?」 「いや、やってないです。だってISOは『規格』であって『法律』じゃないですよね? 守らなくても罰金取られるわけじゃないし、動けばよくないですか?」
もし現場でこんな会話をしているなら、黄色信号…いや、赤信号です。
確かにISOやIECは「任意規格」であり、守らなくても即座に逮捕されることはありません。 しかし、万が一事故が起きた時、ISOを守っていないと「自分と会社を守るための『反論』が一切できなくなる」というリスクをご存知でしょうか?
今回は、設計者が絶対に知っておくべき「規格(ISO)」と「法律(労働安全衛生法)」の関係について、実務9年の現場エンジニアが解説します。 これを読めば、「なぜISOが必要なのか」を論理的に説明できるようになり、万が一の時にあなた自身を守る「武器」が手に入ります。
結論から言うと、ISO自体は任意ですが、国の指針がISO準拠を求めているため、何かあった時に「ISOもやっていない=やるべき努力を怠った」と判断されてしまうからです。
ただし、条文を詳しく読むと「設計者にはリスクアセスメントの法的義務がない」という衝撃の事実も見えてきます。 ではなぜ、世の中のメーカーは必死にやっているのか? そこには、法律の条文には書かれていない「メーカーとユーザーの板挟み」という大人の事情があります。
原則:ISOは「任意」、法律は「強制」

まず、基本をおさえましょう。日本におけるルールの強さは以下の通りです。
▼ 法律と規格の違い
● 強制力: あり (守らないと懲役や罰金)
● 内容: 「やるべきこと」は書かれているが、技術論はない。
● 強制力: なし (あくまで任意)
● 内容: 「具体的な設計手法」が詳しく書かれている。(3ステップメソッドやインターロックの組み方)
「ほら見ろ、やっぱりISOは任意じゃん!」と思ったあなた。ここからが本題です。 法律(国)は、ある「強力な通達」を使って、このISOを実質的な強制ルールに変えてしまっているのです。
「指針(ガイドライン)」という名の架け橋

日本の厚生労働省は、ISO 12100(機械安全の国際規格)の内容を、日本の法律の枠組みに取り入れるために、ある「指針(ガイドライン)」を発表しました。
それが「機械の包括的な安全基準に関する指針」(平成13年厚生労働省告示など)です。
この指針の中身を見ると、驚くべきことが書いてあります。
- 「機械メーカーは、リスクアセスメントを実施しなければならない」
- 「リスク低減のために、3ステップメソッド(本質安全→安全防護→使用上の情報)の順で対策しなければならない」
見覚えがありませんか? そう、これらはISO 12100の中身そのものです。 つまり国は、「法律の中に全部書くと大変だから、『ISOのやり方でやりなさい』という指針を出すから、それに従えよ」と言っているのです。
事故が起きると「裁判所」はどう見るか?

では、この指針やISOを無視して設計した機械で、作業員が指を切断する事故が起きたとしましょう。 裁判では、設計者(メーカー)の「過失(やるべきことをやらなかった罪)」が問われます。
裁判官はこう考えます。
- 法律の確認: 「労働安全衛生法には『危険を防止するための措置を講じなければならない』とある」
- 水準の確認: 「では、現代において『適切な措置』とは何か?」
- 判断: 「国際規格(ISO)や国の指針には、『リスクアセスメントをして、安全カバーを付けろ』と書いてある。これが現代の技術常識(State of the Art)である」
- 判決: 「被告(設計者)は、この世界標準の手順を無視して設計した。これはやるべき努力を怠った(過失がある)と認められる」
怖くないですか? 「法律に書いてないから」という言い訳は通用しません。 「ISO(世の中の常識)を守らなかった = 安全配慮義務違反」というロジックで、法的な責任を問われることになるのです。
設計者とユーザー、それぞれの「義務」
ここで、法律の条文を正確に見てみましょう。実は、立場によって適用される条文が違います。
🔧 第3条の2(メーカー・設計者)
「機械を設計・製造する者は、労働災害の防止に資するように努めなければならない」
🏭 第28条の2(ユーザー・工場)
「事業者は、危険性を調査(リスクアセスメント)し、措置を講ずるように努めなければならない」
これを見ると、こう思うかもしれません。 「なんだ、設計者(第3条の2)には『リスクアセスメントしろ』とは書いてないじゃん。『資するように努めろ』だけじゃん」と。
しかし、現実はそう甘くありません。
お客さんであるユーザー(工場側)は、第28条の2によって「リスクアセスメント」が義務付けられています。 彼らがリスクアセスメントを行うためには、メーカーからの「残留リスク情報(この機械のここが危ないですよというデータ)」が絶対に必要です。
つまり、
- 法律のタテマエ: 設計者は「安全に努める」だけでいい。
- ビジネスの現実: ユーザーから「法律(28条の2)守るために必要だから、リスクアセスメントシート出せ! 出せないならお前の機械は買わん!」と言われる。
結局、設計者は「第3条の2(自分の義務)」と「第28条の2(顧客の義務への協力)」の板挟みになり、逃げ道はないのです。
「努力義務だから、やらなくても罰則はないでしょ?」 そう思うのは危険です。 民事訴訟(損害賠償請求)になった場合、「法律で努力義務とされていることすらやっていなかった」という事実は、極めて不利な証拠になります。賠償金が数千万円〜数億円に跳ね上がる原因にもなり得ます。
まとめ:ISO準拠は「自分を守る鎧」
- 法律と規格: ISO自体は法律ではないが、裁判では「守って当たり前の基準」として扱われる。
- 国の指針: 厚生労働省の指針により、ISO 12100の手法は日本のルールとして組み込まれている。
- 結論: ISOに準拠してリスクアセスメントシートを残すことは、面倒な作業ではなく、万が一の時にあなたと会社を守る「最強の証拠(鎧)」になる。
「コンプライアンスだから仕方なくやる」のではなく、「自分たちの身を守るためにやる」。 そう考えれば、難解な規格書も少し違った目で見られるようになるはずです。
これにて「機能安全シリーズ(全3回)」は完結です。 第1回の「基礎」、第2回の「確率(SIL)」、そして今回の「法律」。 これらを理解したあなたは、もう立派な「安全のわかる電気設計者」です。自信を持って設計に取り組んでください!
【完結】安全設計マスターへの道(全7回振り返り)
これにて、機械安全・機能安全シリーズ完結です!「安全設計」は、概念、計算、ハードウェア、制御、そして法律が複雑に絡み合う総力戦です。もし見逃している回があれば、ぜひ振り返ってみてください。
ここまで読んだあなたは、もう「ISO? 計算? よく分からんからメーカー任せ」と言っていた頃のあなたではありません。自信を持ってリスクを計算し、仕様を決定し、堂々と「安全です」と言い切れるエンジニアになっているはずです!
Phase 1:機械安全編(メカ・構造で守る)
まずは「物理的にどう守るか?」という機械安全の基礎を固めました。
Phase 2:機能安全編(電気・制御で守る)
次に、目に見えない「制御の信頼性」を保証する機能安全の世界へ踏み込みました。