「ノイズ対策として、ラインフィルタを入れました! でも止まりません!」
そう泣きついてくる新人に、私はこう質問します。 「その箱の中身がどうなっているか、説明できる?」
もし「えっ? ノイズを消す魔法の箱じゃないんですか?」という顔をしているなら、それがノイズが止まらない原因です。
市販のノイズフィルタは、正しく使えばあらゆるノイズを消し去る「万能兵器」として設計されています。 しかし、その「理屈(内部構造)」を理解せずに使うと、あなたの施工ひとつで、その機能を完全に殺してしまうことになります。
実務9年の電気設計者が、ノイズフィルタの中身を解剖し、なぜ現場での「結束バンド」や「DINレール」がNGなのか、物理的なメカニズムから解説します。
結論から言うと、フィルタの性能を引き出す鉄則は以下の3つです。
- 入出力を離す(結束バンドを切る)
- 塗装を剥がして直付けする
- フェライトコアは2回巻く
「なるほど、じゃあ念のためにコアを10回くらい巻けば最強ですね?」 そう思ったあなた、それが一番危険です。
実は、良かれと思って巻きすぎると、逆にノイズを引き込んでしまう「物理の落とし穴」が存在します。 たった一つの「黄金比(巻き数)」を知ってから、現場に向かってください。
「最強の箱」の中身を知れ

まず、フィルタの蓋を開けてみましょう(比喩です)。 我々が普段使うノイズフィルタの中には、「2種類のノイズ」を倒すための部品が、計算され尽くした配置で詰め込まれています。
【最強の箱(ノイズフィルタ)の正体】
- Cx(Xコンデンサ): 電線と電線の間(X)を繋ぐ部品。「ノーマルモードノイズ」をバイパスさせて消します。
- L(コモンモードチョークコイル): 電線の通り道に置かれた「関所」。「コモンモードノイズ」の通行をブロックします。
- Cy(Yコンデンサ): 電線とアース(Y)を繋ぐ部品。ブロックされて行き場を失ったコモンモードノイズを、アースへ逃がします。
つまり、この1台で「ノーマル(X)」も「コモン(Y)」も両方始末できるよう設計されているのです。 それなのに、なぜ現場では「効かない!」という悲鳴が上がるのでしょうか?
それは、設計者がこの「L(コイル)」と「Cy(Yコンデンサ)」の役割を理解せず、施工ミスによって無効化してしまっているからです。
なぜ「結束バンド」でコイルが死ぬのか?

フィルタの中で、コモンモード対策の主役となるのが「L(コモンモードチョークコイル)」です。 しかし、現場で9割の設計者が無意識にやる「配線の結束」が、これを台無しにします。
なぜ、束ねるとダメなのか? 「Xコンデンサ」ではなく、なぜ「コイル」だけが死ぬのか? その物理的な理由を、イメージで説明しましょう。
コイルは「壁」、結束バンドは「ハシゴ」
- L(コイル)=「高い壁」
ノイズを通さないように、通り道に立ちはだかる壁(インピーダンス)です。 - 結束バンド=「ハシゴ」
入力と出力を近づけることで、空気中の「浮遊容量(見えないコンデンサ)」というハシゴが架かります。
この状態でノイズが来るとどうなるか?
ノイズは、わざわざ苦労して壁(L)をよじ登ったり、掃除機(Cx)に吸われたりしません。 横にあるハシゴ(結束バンド部分)を使って、壁の向こう側(出力側)へヒョイッと飛び越えます。
これが、「バイパス(飛びつき)」現象です。 構造上、直列に入っている「L(コイル)」の効果が無効化され、結果としてフィルタ全体(Cx含む)がスルーされてしまうのです。
※一方、Cx(Xコンデンサ) は壁ではなく、線間をショートさせる「ドブ溝」の役割なので、バイパス被害の直接の対象ではありません。(もちろん、飛び越えられたらフィルタ全体の意味はなくなりますが)
【メーカーの警告】 「入出力配線を結束したり、近づけて配線すると……本来の減衰効果がなくなります」
出典:コーセル|製品知識:ノイズフィルタの使用方法
【鉄則1】ハシゴを外せ
中身のコイル(壁)を活かしたければ、入出力は「水と油」のように離してください。
なぜ「DINレール」と「長い線」でYコンデンサが死ぬのか?

次に、「Cy(Yコンデンサ)」です。 こいつの仕事は、捕まえたノイズを「金属ケース」や「アース端子」から筐体アースへ逃がすことです。
しかし、ここで2つの施工ミスが、逃げ道を塞いでしまいます。
① DINレールは「頼りない吊り橋」
フィルタを「DINレール取り付け」していませんか? DINレールは構造的に接触抵抗が高く、高周波ノイズにとっては「ガタガタの吊り橋」です。 これでは、Yコンデンサが捨てようとしたノイズがスムーズに流れず、フィルタ内に逆流します。
②アース線は「短さ」が命
さらに致命的なのが、アース端子から伸びる「アース線の長さ」です。
TDKラムダの技術資料に、アース線の長さ(L)とノイズ減衰量の関係を示した、衝撃的なデータがあります。
- L=20cm(線を20cm伸ばした): ノイズが十分に落ちない。
- L=10cm(線を10cm伸ばした): 少しマシになるが、まだ弱い。
- L=0cm(直付け): 最強。 ノイズが劇的に落ちる。
出典:TDKラムダ|電源ラインへのノイズ侵入と流出を防ぐ AC 電源用 EMC フィルタ
「L=0cm」とは、つまり「アース線を使わず、フィルタの底面(金属)を盤にベタ付けする」状態のことです。
高周波ノイズにとって、電線は長ければ長いほど「コイル(抵抗)」に化けます。 たった20cm横着して線を伸ばすだけで、その線は「ノイズを通さない壁」となり、Yコンデンサは機能不全に陥ります。
【鉄則2】塗装を剥がし、L=0cm(直付け)を目指せ Yコンデンサを機能させる条件は、以下の「最短ルート」を作ることだけです。
- 直付け(L=0cm): DINレールは使わず、塗装を剥がして「面」で接触させる。これが物理的に最強です。
- 太く短く: 構造上どうしても線が必要な場合でも、太い線で極限まで短く落としてください。
「アースは電気のゴミ捨て場」です。 ゴミ捨て場までの道が遠かったり、詰まっていたりすれば、部屋(制御盤)がゴミ(ノイズ)だらけになるのは当たり前です。
フェライトコアは「コモンモード」への追撃砲
フィルタの理屈がわかれば、「フェライトコア」の正しい使い方も見えてきます。 これは、フィルタの「L(コイル)」と同じ働きをする追加パーツですが、実はただのコイルではなく「ノイズを熱に変えて焼き尽くす焼却炉(抵抗成分)」としての性質を持っています。
迷ったら「全線束ねて、2回巻く」
コモンモード(L成分)を強化したいので、使い方の正解はこうなります。
- 束ねる: 行きと帰りの線を全てまとめて通す。(コモンモード電流だけを磁束加算させて捕まえるため)
- 巻く: 巻き数(ターン数)の「2乗」でインピーダンス(阻止能力)が上がる。
【例】
- 1ターン(挟むだけ): 12 = 1倍
- 2ターン(1回巻く): 22 = 4倍
- 3ターン(2回巻く): 32 = 9倍
「じゃあ、10回くらい巻けば最強ですか?」いいえ、ここに罠があります。
【注意1】巻きすぎると「ハシゴ」がかかる
巻き数を増やしすぎると、巻き始め(入口)と巻き終わり(出口)が物理的に近づいてしまいます。すると、ノイズフィルタの結束バンドと同じように、「浮遊容量(ハシゴ)」が発生し、高周波ノイズがコアを飛び越えてスルーしてしまうのです。
【注意2】コアは「発熱」する
忘れてはいけないのが、フェライトコアは「ノイズを熱に変えるヒーター」だということです。 ガンガンにノイズを吸っているコアは、それなりに熱を持ちます。
さらに、動力線を何重にも巻いて束ねるということは、「電線の放熱」を妨げる行為でもあります。 調子に乗ってグルグル巻きにすると、コア内部で熱が蓄積し、最悪の場合は電線の被覆を傷める原因になります。
【鉄則3】欲張るな、2〜3ターンが「黄金比」
電気的特性(ハシゴ防止)と、物理的安全性(放熱)の両面から、現場での最適解は「2ターン(1回巻き)」、スペースがあっても「3ターン(2回巻き)」までです。
それ以上巻くと、高周波特性が悪化するリスクがあります。「適度な距離感」こそが、ノイズ対策の極意なのです。
まとめ:道具に使われるな、道具を使え
- 理解: フィルタは「箱」ではない。XコンとYコンとコイルの集合体である。
- 施工: 束ねると「コイル」が死ぬ。アースが弱いと「Yコン」が死ぬ。
- 結論: 理屈を知らない施工は、どんな高級品もゴミにする。
「高いフィルタを買ったから安心」ではありません。 その中に入っている部品たちが、正しく働ける環境を作ってあげること。 「理屈(物理)」を理解した施工こそが、最強のノイズ対策なのです。
電源ラインはこれで完璧です。しかし、どうしても防ぎきれないノイズが、盤の奥深くにいる「アナログ信号」や「通信線」を狙っています。 最後の手段は、ケーブル自体に「護身術」を使わせることです。
次回、なぜ電線を「ねじる(ツイスト)」だけでノイズが消えるのか? その物理的な種明かしをして、このシリーズを締めくくります。