「工場のネットワークが遅い」
「カメラの画像データを流すと、たまに装置がチョコ停する」
最近の現場で、こんな悩みを聞くことが増えました。
IoT化が進み、工場内のネットワークには「サーボモータの制御信号」だけでなく、「検査カメラの高画質な画像」や「トレーサビリティのログデータ」など、巨大なデータがバンバン流れるようになりました。
こうなると起きるのが、通信の「渋滞」です。
従来のEthernetは、言わば「早い者勝ち」の世界。
巨大な画像データが道を塞いでいる間、本来最優先であるはずの「非常停止信号」や「同期信号」が待たされてしまうリスクがありました。
この「渋滞問題」を、道路拡張(通信速度アップ)ではなく、「交通ルールの変更」で解決する革命的な技術。
それが、今回解説する「TSN(Time Sensitive Networking)」です。
TSNを支える「3つの魔法」
TSNは、一つの特定の技術ではなく、いくつかの規格(IEEE 802.1)の集合体です。
難しい規格名は一旦忘れて、「渋滞しない道路を作るための3つの魔法」としてイメージしてください。
① 時刻同期(IEEE 802.1AS):全員が同じ「時計」を持つ
これが全ての基本です。
これまでのEthernetは、パソコンやPLCがそれぞれ自分の持っている時計(内部クロック)で動いていました。当然、微妙にズレています。
TSNでは、ネットワークにつながる全ての機器が、マスター(親機)に合わせて「ナノ秒単位」で時刻をピッタリ合わせます。
「せーの!」で全員が同時に動くための、絶対的な基準時間が共有されるのです。
② 時分割(IEEE 802.1Qbv):絶対に遅れない「専用バスレーン」
これがTSNの目玉機能です。
普通の道路なら、トラック(画像データ)もスポーツカー(制御信号)も、インターチェンジに来た順に合流しますよね? これだと運が悪いとスポーツカーは待たされます。
TSNは、「時間を区切ってゲートを開閉」します。
- 0.0秒〜0.1秒: 「制御データ専用」の時間! (画像データは赤信号で待て)
- 0.1秒〜0.5秒: 「その他のデータ」の時間!
このように、VIP(制御信号)専用の「予約時間帯」を作ることで、どんなに他の通信が混雑していても、制御信号だけは絶対に遅れずに通過できるのです。
③ 割り込み(IEEE 802.1Qbu):長いトラックを「ぶった切る」
個人的に一番「すごい荒技だ」と思うのがこれです。別名「フレーム・プリエンプション」。
長い長いトレーラー(巨大な画像データ)が交差点を渡っている最中に、救急車(緊急の制御信号)が来たとします。
普通なら、トレーラーが渡りきるまで待つしかありません。
しかしTSNは、トレーラーを一時的に「切断(分割)」します。
- 画像の送信を途中で強制中断!
- 隙間に制御信号を先に通す!
- 制御信号が通ったら、画像の続きを送って元通りにくっつける。
「巨大なデータが道を塞ぐなら、切ってしまえ」というこの機能のおかげで、待ち時間を極限までゼロに近づけられるのです。
【図解】普通のEthernet vs TSN
違いを一言で言うなら、「早い者勝ち」か「予約制」かです。
| 特徴 | 普通のEthernet (TCP/IPなど) | TSN (Time Sensitive Networking) |
| 通信方式 | ベストエフォート (頑張って送る) | デタミニスティック (定時性) |
| 混雑時 | 運が悪いと遅延する (ジッタ発生) | 絶対に遅れない (時間が保証される) |
| イメージ | 一般道 (渋滞あり) | ダイヤ通りの鉄道 / 専用レーン |
これまでのEthernetは「通信速度(1Gbpsなど)」を上げることで渋滞をごまかしてきました。
対してTSNは、「速度はそこそこでいいから、到着時間だけは絶対に守る」という、プロ仕様の規格なのです。
よくある勘違い「TSNというケーブルがあるの?」
「TSN導入したい! 専用のTSNケーブルを買わなきゃ!」
これは間違いです。
- ケーブル: 普通のLANケーブル(Cat5e / Cat6など)でOKです。
- 変えるべきもの:
- スイッチングハブ(交通整理員)
- 機器の通信チップ(運転手)
TSNの魔法(時刻合わせや割り込み)を行うのは、ケーブルではなく「スイッチ(ハブ)」や「コントローラ」です。
そのため、TSN対応のPLCとサーボを使っていても、その間にAmazonで買った数千円のスイッチングハブを挟んでしまうと、魔法は解けてただのEthernetになってしまうので注意してください。
ちなみに、この優先レーンの時刻表は、勝手に出来上がるわけではありません。エンジニアが設定ソフトで『この通信はVIP扱い!』と指定することで、初めて機能します。
で、誰が使ってるの?(対応プロトコル)
TSNはあくまで「道路のルール(IEEE規格)」です。
実際には、その上を走る「車(産業用プロトコル)」を選ぶことになります。
- CC-Link IE TSN (三菱電機など):世界に先駆けてTSNを全面採用しました。制御通信と情報通信を同一ケーブルで混ぜても、モーション制御が乱れないのが強みです。
- PROFINET over TSN:欧州の雄、PROFINETもTSN対応を進めています。
- EtherCAT G / over TSN:超高速通信のEtherCATも、バックボーンにTSNを使う構想があります。
- EtherNet/IP:現在、ODVA(管理団体)がTSN対応の仕様策定を進めています。
まとめ:ITとOTが「同じケーブル」で共存できる未来
これまで工場の現場では、
「カメラの映像でネットワークが重くなるから、制御用のLANケーブルとは分けよう」
という「物理的な住み分け(配線地獄)」が行われてきました。
しかし、TSNの登場でその必要はなくなります。
「一本のケーブルに、工場のあらゆるデータを混ぜても、止まらない設備」
これが実現できるからです。
スマートファクトリー化でデータ量が爆発的に増えている今、「早い者勝ち」のEthernetから、「予約制」のTSNへの移行は、避けては通れない道になるでしょう。
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TSNは「道路」の話でしたが、その上を走る「車(プロトコル)」の話はこちらで解説しています。


