産業用ネットワークは今、新たな時代に突入しています。スマートファクトリーやIndustry 4.0の進展に伴い、リアルタイム性と信頼性を兼ね備えたネットワーク技術が求められています。その中心にあるのが、TSN(Time-Sensitive Networking)。この記事では、TSNがどのようにして産業界に革新をもたらすのかを解説します。
1. TSNとは
TSN(Time-Sensitive Networking)は、産業用ネットワークにおいて定時性を実現するための革新的な技術です。この技術は、IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)によって策定され、産業用イーサネットの進化を牽引しています。TSNは、OT(Operational Technology:制御技術)とIT(Information Technology:情報技術)の融合を促進し、IIoT(Industrial Internet of Things:産業用IoT)における課題解決に貢献することが期待されています。
1.1 TSNの主要な特徴
TSNにはいくつかの特徴がありますが、特に重要なのは次の3点です:
- 時刻同期:IEEE 802.1AS規格により、ネットワーク上の機器間で1マイクロ秒以下の精度で時刻を同期することが可能です。
- 時分割通信:IEEE 802.1Qbv規格により、1つの通信回線を時間で分割し、異なる種類の通信を効率的に行うことができます。
- 異なる種類の通信の混在:TSNを利用することで、制御データと一般データを同じネットワーク上で安全に共存させることができます。
1.2 TSNの歴史と発展
TSNの開発は2012年にIEEEのタスクグループによって始まりました。当初は映像音声通信分野での適用が進められましたが、その特性から産業分野においても注目を集めるようになりました。現在も、IEEE 802.1において規格の策定検討が進行中です。
2. 産業用ネットワークの変遷とTSNの位置づけ
2.1 フィールドバスの時代
「フィールドバス」と呼ばれるシリアル通信主体のオープンネットワークが登場しました。この時代の特徴は:
- 通信帯域が狭く、ケーブル長の制限も厳しかった
- メーカーや規格ごとに個別化が進んだ
- ケーブルの種類や通信周期(ボーレート)が異なる
2.2 産業用イーサネットの登場
「産業用イーサネット」の登場により、ネットワークの共通化と高速化が進展しました。主な利点は:
- 通信速度の飛躍的向上
- ケーブルやネットワーク機器の共通化
- より柔軟なシステム構成の実現
2.3 産業用イーサネットの課題
現在は、ITとOTの統合が進み、より柔軟で統合されたシステムが求められる時代になっています。この時代の課題は:
- リアルタイム性と信頼性の確保
- 異なるプロトコルの混在の難しさ
- 制御通信と一般的なIT通信の共存
2.4 TSNの登場
このような背景の中、TSNが注目を集めるようになりました。TSNは、従来の産業用イーサネットの課題を解決し、さらに進化した形でOTとITの融合を実現する技術として期待されています。
3. TSNの技術詳細
TSNの核となる重要な技術について説明します。
3.1 マイクロ秒単位の精度を実現する時刻同期技術(IEEE 802.1AS)
IEEE 802.1ASは、ネットワーク上のすべての機器の時計を正確に合わせる技術です。これにより、以下のことが可能になります:
- 1マイクロ秒(100万分の1秒)以下の精度で時刻を同期
- 複数の機器が完全に同じタイミングで動作可能
- データに正確なタイムスタンプを付与し、順序や因果関係を正確に把握
この技術は、例えば複数のロボットアームを協調して動かす場合や、工場内の様々な機器からのデータを正確に分析する際に非常に重要です。このように、TSNは高精度な時刻同期を通じて、リアルタイム性の高い通信を可能にします。次に、時分割通信がどのようにこれを支えるのかを見てみましょう。
3.2 時分割通信(IEEE 802.1Qbv)
IEEE 802.1Qbvは、1つの通信回線を時間で区切って、異なる種類の通信を効率よく行う技術です。主な特徴は以下の通りです:
- 通信の時間を細かく区切り、それぞれの時間枠で特定の通信のみを許可
- 8段階の優先度を設定し、重要な通信を確実に行える
- リアルタイム性が求められる制御データと、一般的なデータ通信を1つのネットワーク上で共存させることが可能
この技術により、工場内の様々な機器やシステムが、それぞれの要求に応じた通信を1つのネットワーク上で実現できるようになります。
これらの技術を組み合わせることで、TSNは産業用ネットワークに高い信頼性とリアルタイム性をもたらし、スマートファクトリーの実現に大きく貢献します。
3.3 異種通信の実現
TSNの重要な特徴の一つに、異種通信の実現があります。異種通信とは、異なる種類や優先度の通信を同一のネットワーク上で効率的に共存させることを指します。
TSNは以下の機能を組み合わせることで、異種通信を可能にします:
- 時分割通信(IEEE 802.1Qbv):ネットワークの帯域を時間で分割し、各種通信に専用の時間枠を割り当てます。これにより、リアルタイム性の高い制御データと、大容量のビデオストリームなどを同時に扱うことができます。
- 優先度制御:8段階の優先度を設定し、重要度の高い通信を優先的に処理します。例えば、緊急停止信号などの重要な制御データに最高優先度を設定することで、他の通信の影響を受けずに確実に伝送できます。
- 帯域予約:特定の通信に必要な帯域を事前に確保することで、安定した通信を保証します。これにより、ネットワークの混雑状況に関わらず、一定の通信品質を維持できます。
異種通信の実現により、以下のようなメリットが得られます:
- ネットワークの統合:従来は別々のネットワークで行われていた制御系通信とIT系通信を1つに統合できます。これにより、システム全体の簡素化とコスト削減が可能になります。
- 柔軟性の向上:新しい機器やシステムの追加が容易になり、工場の柔軟な拡張が可能になります。例えば、新たな生産ラインの追加や、AIを活用した品質管理システムの導入などが、既存のネットワークを大きく変更することなく実現できます。
- データ統合の促進:異なる種類のデータを同一のネットワーク上で扱えることで、より高度なデータ分析や生産最適化が可能になります。例えば、生産設備の制御データと品質管理システムのデータを統合分析することで、生産プロセスの改善につなげることができます。
このように、TSNによる異種通信の実現は、スマートファクトリーの基盤技術として、産業用ネットワークに革新をもたらしています。
4. TSNがもたらすメリット
4.1 サイロ化されたシステムの統合
TSNの導入により、従来は別々のネットワークで運用されていた異なる用途のシステムを1つのネットワークに統合することが可能になります。これにより、システムの簡素化とコスト削減が期待できます。
4.2 ネットワークインフラの統一
TSNは標準的なイーサネット技術をベースにしているため、工場のフロアレベルから企業の基幹システムまで、一貫したネットワークインフラを構築することが可能になります。これにより、システムの管理や保守が容易になり、長期的なコスト削減につながります。
4.3 高い信頼性と低遅延の通信の実現
TSNの時刻同期と時分割通信の機能により、高い信頼性と低遅延の通信が実現できます。これは特に、リアルタイム性が要求される産業用途において重要です。例えば、ロボットの制御やモーション制御などの応用では、ミリ秒単位の精度で通信のタイミングを制御する必要がありますが、TSNはこれを可能にします。
4.4 スマートファクトリー化の促進
TSNは、スマートファクトリーの実現に向けた重要な技術の1つです。生産設備、センサー、ITシステムなど、工場内のあらゆるものをネットワークでつなぎ、リアルタイムでデータをやり取りすることが可能になります。これにより、生産プロセスの最適化、予知保全、柔軟な生産ラインの構築など、スマートファクトリーの様々な側面を支援することができます。
5. TSNの具体的な活用例
5.1 OPC UA over TSN
OPC UA(Open Platform Communications Unified Architecture)は、産業用通信の標準プロトコルの一つですが、TSNと組み合わせることで、よりリアルタイム性の高い通信が可能になります。2018年には「OPC UA over TSN」のフィールドレベルでの適用が発表されました。マルチベンダー間通信の標準規格として注目されています。
5.2 CC-Link IE TSN
2018年にCC-Link協会から、産業用ネットワークではいち早くTSN対応を表明し「CC-Link IE TSN」の仕様が公開されました。これにより、CC-Link IEの高速・大容量通信の特長に加え、TSNによるリアルタイム性と信頼性が実現されています。
5.3 PROFINET over TSN
2019年にはPROFIBUS & PROFINET International(PI)から「PROFINET over TSN」の仕様が公開されました。PROFINETの機能性とTSNの特長を組み合わせることで、より柔軟で高性能な産業用ネットワークの構築が可能になっています。
6. TSN導入における注意点
6.1 全ての機器がTSN対応である必要性
TSNの機能を十分に活用するためには、ネットワーク内の全ての機器がTSN対応である必要があります。これには、PLC(Programmable Logic Controller)、リモートI/O、スイッチングハブなどが含まれます。一部の機器だけをTSN対応にしても、ネットワーク全体でTSNの恩恵を受けることはできません。
6.2 計画的な導入の必要性
TSN活用を進める場合、将来の工場内でのネットワーク構成を見極め、計画的に対応を進めていく必要があります。既存のシステムからの移行や、新規システムの構築において、長期的な視点でTSNの導入を検討することが重要です。
6.3 技術者の育成と管理ツールの導入
TSNは高度な機能を提供する一方で、ネットワークの設計と管理の複雑性を増大させる可能性があります。特に、時分割通信の設定や、異なる種類の通信の優先度設定などには、高度な知識と経験が必要となります。そのため、TSNに精通した技術者の育成や、適切な管理ツールの導入が必要になるでしょう。
7. TSNの今後の展望
7.1 無線通信への拡張
現在、TSNは主に有線ネットワークを対象としていますが、将来的には無線通信の分野にも拡張されることが期待されています。今後さらに利用範囲が広がる可能性があります。
7.2 AIとの連携
TSNによって実現される高精度な時刻同期と低遅延通信は、AIの産業応用にも大きな影響を与える可能性があります。リアルタイムデータ分析や機械学習モデルの動的更新など、AIとTSNの連携によって新たな産業用アプリケーションが生まれることが期待されています。
8. 結論
TSN(Time-Sensitive Networking)は、産業用ネットワークに革新をもたらす技術として大きな注目を集めています。高精度な時刻同期と時分割通信を実現することで、従来の産業用イーサネットの課題を解決し、OTとITの真の融合を可能にします。スマートファクトリーの実現や、Industry 4.0の推進において、TSNは中核的な役割を果たすことが期待されています。しかし、TSNの導入には計画的なアプローチと十分な準備が必要です。全ての機器をTSN対応にすることや、技術者の育成や適切な管理ツールの導入など、いくつかの課題も存在します。しかし、これらの課題を克服することで、TSNは産業用ネットワークの未来を形作る重要な技術となるでしょう。
TSNの導入により、産業界は以下のような利点を享受できると期待されています:
- より効率的で柔軟な生産システムの実現
- リアルタイムデータ分析による生産性の向上
- 異なるベンダーの機器間の相互運用性の向上
- ネットワークインフラのコスト削減
今後、TSNの標準化と実装がさらに進むにつれ、その影響力はますます大きくなっていくでしょう。TSNの可能性を十分に理解し、その導入を戦略的に検討することが重要です。TSNは、Industry 4.0やスマートファクトリーの実現に向けた重要な基盤技術として、産業のデジタル化と効率化を大きく推進する力を持っていると考えています。