CIP Safetyとは?LANケーブルに非常停止を流せる「黒い土管」の仕組み

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「制御盤とロボットの間の配線、LANケーブル1本にしておいたよ」

もし業者さんにそう言われたら、あなたはゾッとしませんか? 「おいおい、待ってくれ。そのLANケーブルには、画像センサの重たい検査画像も、生産管理のログデータも、非常停止信号も全部混ざってるんだろ? 通信が混雑して遅延したらどうするんだ! 非常停止が効かなくて事故になったら誰が責任取るんだ!」と。

昔ながらの「ハード配線」が常識だった現場にとって、通信ラインに安全信号を混ぜるのは恐怖でしかありません。 しかし、食わず嫌いのままでは、配線工数の削減や、トラブル時の「秒速復旧」という恩恵を受けられず、損をしてしまいます。

そこで今回は、ハード配線とネットワーク安全の両方を扱ってきた実務9年の現場エンジニアの視点から、今トレンドの「CIP Safety」について解説します。

この記事を読めば、CIP Safetyの安全性の根拠を論理的に説明できるようになり、自分の現場に導入すべきかどうかを迷わず判断できるようになります。

結論から言うと、CIP Safetyとは「通信回線(土管)は一切信用せず、中身の箱を超頑丈にして安全を守る技術」です。

ただし、導入すればすべてがバラ色になるわけではありません。 ある致命的な「デメリット」を理解しておかないと、設置後に「安全距離が足りない!」とパニックになる罠が潜んでいます。


目次

核心:「ブラックチャンネル」とは?通信を信用しない技術

なぜ、危険そうな「LANケーブルへの混在」が許されるのか? その秘密は、「そもそも通信回線なんて信用していない」という、開き直った考え方にあります。

通信経路は「中身の見えない黒い土管」

CIP Safetyの設計思想。それは「通信経路はトラブルだらけだ」という性悪説です。

  • スイッチングハブが故障するかもしれない。
  • 画像データの負荷でパケットが詰まるかもしれない。
  • ノイズが乗ってデータが化けるかもしれない。

これら全てのトラブルが起こりうる場所(通信経路)を、中身の見えない「黒い土管(ブラックチャンネル)」と呼びます。

白い封筒(通常)と黄色いアタッシュケース(Safety)

前回の記事で、「EtherNet/IPはトラック(運送業者)」だと言いましたね。 CIP Safetyの考え方はこうです。

「この運送業者(イーサネット)は、たまに荷物を落としたり、遅れたり、破いたりする『ダメな業者』だ」

そう最初から決めつけています。 だからこそ、「ダメな業者」が運んでも絶対に事故が起きないように、「中身の箱(パケット)」の方を超頑丈に改造したのです。

  • 通常のCIP通信: 「白い封筒」。破られやすい。
  • CIP Safety: 「黄色い頑丈なアタッシュケース」。

(※「白い封筒(通常のCIP通信)」の仕組みについて詳しく知りたい方は、先に以下の記事を読むとイメージしやすくなります)

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安全を守る「4つの検問」でエラーを絶対に通さない

この「黄色いアタッシュケース」には、普通の通信にはない4つの強力なセキュリティが施されており、受取人(インバータやロボット)が厳しくチェックします。

通常のCIP通信とCIP Safetyの違いを示す比喩イラスト。通常のCIPは「白い封筒」、CIP Safetyは「黄色い頑丈なアタッシュケース」としてトラック(EtherNet/IP)の荷台に積まれている様子。4つのセキュリティ機能(時間監視・TUNID・CRC・二重化)をアイコンで表現。

① 時間監視(Time Expectation)

  • リスク: 画像データで通信が混雑して、非常停止信号が3秒後に届いた。
  • 対策:「鮮度チェック」

パケットには「発送時刻」が刻印されています。受取人は「発送からXXミリ秒以上経ったデータは、腐っているから捨てる!」と判断し、即座に安全側に倒します(停止します)。

② ID確認(Unique Node ID)

  • リスク: スイッチングハブがバグって、隣のラインの「運転開始」信号が誤って届いた。
  • 対策:「宛名チェック」

CIP Safetyの機器には、IPアドレスとは別に「Safety TUNID(安全ID)」という固有のIDを持たせます。「お前は俺宛ての荷物じゃない!」と即座に弾いて停止します。

③ データ破損チェック(CRC)

  • リスク: ノイズが乗って、「停止(0)」の信号が「運転(1)」に化けた。
  • 対策:「封印シール(CRC)」

データの内容から計算した複雑なチェックコードが付いています。ビットが1つでも変わっていたら、「封筒が破かれている!(改ざんされている)」と判断して停止します。

④ データの二重化・反転(Redundancy)

  • リスク: 機器の故障で、回路がONのまま固着した。
  • 対策:「ダブルチェック」

「ON」というデータを送るとき、同時に「NOT ON(OFF)」という反転データも送ります。 受取人は「この2つがちゃんと矛盾しているか?」を確認します。

つまり、「通信エラーが起きても、絶対に誤動作せずに『安全に止まる』」仕組みが出来上がっているのです。だから、LANケーブル1本に混ぜても問題ないのです。


CIP Safetyをやるための「必須条件」と注意点

仕組みが分かったところで、一つだけ絶対に勘違いしてはいけないポイントがあります。

普通のPLCでは「アタッシュケース」が開かない

先ほど、CIP Safetyは「黄色い頑丈なアタッシュケース」だと説明しました。 このケースには特殊な鍵がかかっており、普通のPLC(スタンダードCPU)では開けることができません。

CIP Safetyを導入するには、「安全PLC(セーフティCPU)」が必要です。(例:オムロン NX-SLシリーズなど)普通の制御と安全制御を、一つのCPU(またはペア)で処理できる機器を選定する必要があります。

【コラム】キーエンスGCシリーズは「CIP Safety」なのか?

現場でよく見る、キーエンスのセーフティコントローラ「GC-1000シリーズ」。 これもEtherNet/IPポートを持っていますが、実はCIP Safety(安全通信)には対応していません。

「えっ、じゃあダメなの?」と思うかもしれませんが、そうではありません。設計思想が違うのです。

  • CIP Safety機器: 「非常停止信号そのもの」をネットワークで送る。
  • GCシリーズ: 「安全制御(止める機能)」は自分自身のハード配線で確実に行い、ネットワークでは「どのボタンが押されたか」「エラー履歴」などの情報(モニタリング)だけを上位PLCに送る。

つまり、「安全確保はハード配線で堅実に。情報の見える化はネットワークで便利に」という、いいとこ取り(ハイブリッド)ができる賢い機器なのです。 「全部ネットワーク化するのは怖いけど、便利さは欲しい」という現場には、GCのような構成が最適解になることも多いですよ。


導入のメリットは「配線削減」よりも「復旧速度」

「CIP Safetyのメリットは省配線(ケーブル削減)です」とよく言われますが、現場視点で見ると、それは単なるオマケです。真のメリットは、運用のしやすさにあります。

従来のリレー回路(ハード配線)とCIP Safety(ネットワーク配線)の比較図。左側は大量のケーブルとテスターでのトラブルシューティングに苦労する様子、右側はLANケーブル1本でスッキリ配線し、タッチパネルでエラー箇所を即座に特定できるメリットを表現。

「犯人捜し」が秒速で終わる

従来のハード配線の場合、非常停止回路が復帰しないと地獄を見ます。「どこかの接点が接触不良だ…テスターを持ってこい!」と、端子台を一つずつ当たる必要があります。

しかしCIP Safetyなら、タッチパネルにこう出ます。「ID:5(投入口 非常停止)にて、接点溶着エラー発生」

どのボタンが、どんな理由でダメなのかを教えてくれるので、復旧時間が劇的に短縮されます。

(※ちなみに、こうした「エラー情報の吸い出し」や「モニタリング」を行う通信は、CIP Safetyの回線とは別に、通常の「Explicitメッセージ通信」や「Implicit通信」を使って行われます。 「安全信号」と「モニタリング信号」の通信方式の違いについては、こちらで整理しています。)

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「安全エリア」をソフトで書き換えられる

「ロボットAの非常停止を押したとき、隣のコンベアも止めたい」後からこんな変更が出ても、配線工事は不要です。

ラダープログラム(セーフティロジック)を書き換えるだけで、安全エリアを自由に変更できます。


ただし魔法ではない。「3つのデメリット」

いいことばかりではありません。導入前に知っておくべき「痛み」もあります。 まずは、従来のハード配線との違いを比較表で見てみましょう。

項目ハード配線(従来)CIP Safety(ネットワーク)
初期費用安い(小規模向け)高い(大規模向け)
トラブル対応テスターで追えるPC / 知識が必要
反応速度最速少し遅れる

① 初期コストが高い

安全対応のリモートI/OやPLCユニットは高価です。非常停止ボタンが数個しかない装置なら、数千円のセーフティリレーとハード配線の方が圧倒的に安上がりです。

② 「テスターで直せない」問題

トラブル時に「PCをつないでエラーログを見る」というスキルが必要です。 「深夜にテスター1本で叩き起こされても、PCがないと直せない」という、属人化(特定の人しか直せない状態)のリスクがあります。

③ 安全距離が伸びる

通信とチェック処理の分、物理配線よりも応答速度がわずかに遅くなります(数十ms程度)。 ライトカーテンの設置位置など、安全距離の再計算(もっと離さないといけない)が必要になる場合があります。


導入すべきか?現場で迷った時の判断基準

最後に、現場で迷った時の判断基準をお伝えします。「どんな時にCIP Safetyを使って、どんな時は昔ながらの配線にすべきか?

その分岐点は、ズバリここです。

ケースA:昔ながらの「ハード配線」にすべき現場

  • 装置単体で完結している(ラインものではない)。
  • 非常停止とドアスイッチの合計が「10点以下」だ。
  • 「非常停止を押したら、全部の動力が落ちればいい」という単純な回路だ。

この場合、高い安全PLCを買う必要はありません。黄色いセーフティリレーユニットを使って、物理的に配線した方が、圧倒的に安くて早いです。

ケースB:CIP Safetyを導入すべき現場

  • 配線距離が長い(10m以上):LANケーブル1本なら楽勝です。
  • 「部分停止」をやりたい:「ここは止める、あそこは動かす」という複雑なロジックがあるならソフト一択です。
  • 装置を「分割・合体」する:現地での配線作業ミスをゼロにできます。

まとめ:流行りではなく「適材適所」で選ぼう

今回の内容をまとめます。

  • ブラックチャンネル: 通信回線は信用しない。だから中身を強固にする。
  • 4つの検問: 時間・ID・破損・反転のチェックで、エラー時は即停止させる。
  • メリット: 配線削減よりも、「犯人捜し」の時短効果が大きい。
  • 選び方: 小規模ならハード配線、大規模・複雑ならCIP Safety。

これで「普通のLANケーブルに安全信号を流す恐怖」は消えたはずです。 流行りだからといって無理に導入する必要はありません。自分の現場の規模に合わせて、最適な方を選んでください!

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【CIP Safety】なぜ普通のLANケーブルに非常停止を混ぜても安全なのか?「ブラックチャンネル」の仕組みを図解。左側は信用できない通信経路(黒い土管)を通るデータ、右側は安全PLCによる「検問」をパスして安全停止するロボットのイラスト。

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