「リレー回路が読めるなら、ラダー図も楽勝ですよ」
先輩はそう言いますが、信じてはいけません。
確かに、見た目はそっくりです。同じ「接点記号」を使います。
しかし、その中身(動きのルール)は、電気とは似て非なる別世界です。
今回は、電気設計者がPLC(シーケンサ)を扱う際に最初に知っておくべき、「電気(ハード)」と「プログラム(ソフト)」の決定的な違いについて解説します。
特に後半の「b接点の罠」は、新人が現場でパニックになる確率No.1のポイントです。ここだけでも読んでいってください。
1. なぜ「ラダー(梯子)」と呼ぶのか?
PLCのプログラム画面を見ると、左右に縦線(母線)があり、その間を横線が繋いでいます。
この形が「梯子(ラダー)」に見えることから、ラダー図(Ladder Logic)と呼ばれます。
なぜこんな形なのか?
それは、まだPLCがなかった時代、リレー盤を組んでいた電気設計者たちが「新しいプログラミング言語(C言語など)なんて覚えたくない!」と言ったからです(多分)。
- 発明の意図:「今までの電気回路図(シーケンス図)と同じ書き方でプログラムができたら、電気屋さんがそのままソフト屋になれる!」
この思想のおかげで、私たちは「接点」や「コイル」の知識だけで、高度なコンピュータ制御を組めるようになりました。
2. XとYって何?(デバイスの翻訳)
PLCの中では、スイッチやランプの呼び名(アドレス)が変わります。
メーカーによって多少記号は違いますが(今回は三菱電機ベースで解説)、基本は以下の3つです。
| 記号 | 名称 | 役割のイメージ |
| X | 入力リレー | 「受付窓口」 スイッチやセンサーなど、外からの信号を受け取る場所。 |
| Y | 出力リレー | 「司令塔」 ランプやマグネットなど、外へ電気を送り出す場所。 |
| M | 内部リレー | 「メモ帳」 PLCの脳内だけで完結するリレー。外には繋がらない。 |
つまりラダー図を書くときは、
「起動ボタンを押したら、ランプが光る」
ではなく、
「X0がONしたら、Y0をONする」
という翻訳作業を行います。
3. 【最重要】電気は「同時」、ラダーは「順番」
ここが今回のハイライトです。
回路図とラダー図、見た目は同じでも「時間の流れ」が全く違います。
電気回路(ハード)の世界
- 特徴:同時多発(パラレル)
- 電源を入れた瞬間、全ての回路に光の速さで一斉に電気が流れます。
- 回路図の「上の方」も「下の方」も、同時に動きます。
ラダー図(ソフト)の世界
- 特徴:順次処理(シリアル)
- コンピュータ(CPU)は、聖徳太子ではありません。一度に一つのことしかできません。
- プログラムの「一番上の行」から「一番下の行」まで、猛スピードで1行ずつ順番に読んでいきます。
- 一番下まで行ったら、また一番上に戻ってきます。
これを「スキャン(Scan)」と呼びます。
【図解:PLCの1周(スキャンサイクル)の内訳】

実はPLCは、プログラムを実行する前後に「準備」と「後始末」をしています。
- 入力読込(Input Refresh):
- スキャンの最初に、カメラで「パシャッ」と撮るように、今のスイッチ(X)の状態をまとめて記憶します。
- ※プログラムの実行中にスイッチを押しても、次の周まで無視されます。
- プログラム実行(Execution):
- 記憶した画像をもとに、ラダー図を上から下へ計算します。
- 出力更新(Output Refresh):
- 計算が終わったら、最後にまとめてランプ(Y)や外部機器へ信号を出力します。
この「読込 → 計算 → 出力」の1セットを、ものすごい速さで無限に繰り返しているのがPLCの正体です。「1周」にかかる時間をスキャンタイムと言い、だいたい数ミリ秒〜数十ミリ秒の世界です。
初心者がハマるバグ:
「あれ?同時につじつまが合うはずなのに、一瞬だけ変な動きをするぞ?」
これはだいたい、「下の行の結果が上の行に反映されるのは、次の周(未来)」だということを忘れている時に起きます。
4. 実践!前回の「自己保持」をラダーで書く(b接点の罠)
では、前回の記事で作った「自己保持回路」をラダー図にしてみましょう。

- 起動ボタン: X0 (a接点スイッチ)
- 停止ボタン: X1 (b接点スイッチ ※ここ重要!)
- 出力ランプ: Y0
ここで初心者が必ず悩みます。
「停止ボタンはb接点(NC)だから、ラダー図記号も『斜線入りのb接点記号 |/|』を使うべきだよね?」
→ 答え:違います!ここが最大の落とし穴です!
なぜ?(二重否定のパズル)
現場の「停止ボタン」は、安全のために「物理的にb接点(常時ON)」で配線されています。
つまり、誰もボタンを押していない時、PLCの入力「X1」には電気が来ていて「ON(1)」になっています。
- もしラダーで
|/|(b接点記号) を使ったら?- ラダーの
|/|は、「入力がOFF(0)なら導通する」という意味です。 - 現状、X1は電気信号が来ていてON(1)です。
- つまり、回路が切れてしまいます! これでは動きません。
- ラダーの
- 正解は
| |(a接点記号) を使う!- ラダーの
| |は、「入力がON(1)なら導通する」という意味です。 - 現状、X1はON(1)です。
- これなら導通します!
- そしてボタンを押した時、配線が切れてX1がOFF(0)になり、ラダー上の
| |も導通しなくなって停止します。
- ラダーの

「外の配線がb接点なら、中のラダーはa接点で受ける」
これが、PLC初心者が最初に覚えるべき「反転の反転」ルールです。頭がこんがらがりそうですが、図と照らし合わせてゆっくり考えてみてください。
まとめ:ラダー図は「電気回路のフリをしたプログラム」
- 見た目は回路図: でも中身は「上から下へ」動くプログラム。
- 翻訳: スイッチはX、出力はY、内部メモリはM。
- スキャン: 1行ずつ順番に処理して、繰り返している。
- b接点の罠: 外がb接点(常時ON)なら、中はa接点(ONなら通す)で受けるのが定石。
