「制御盤の中で使うハブ、Amazonで買った2,000円のやつでいいですか?」
もしあなたが新人設計者で、先輩にこう質問しようとしているなら、少し待ってください。あるいは、すでに現場の盤の底に、家庭用のプラスチック製ハブが転がっているのを見てしまったなら……それは「時限爆弾」かもしれません。
EtherNet/IPなどのネットワーク化が進む現代のFA現場において、「たかがハブ、たかがLANケーブル」という油断は、設備の稼働率を劇的に下げる原因になります。
※EtherNet/IPの重要性については、以下の記事で解説しています。
▶EtherNet/IPとLANの違いは?普通のハブはNG?現場でハマる3つの罠
今回は、数々の現場トラブルを見てきた現役エンジニアの視点から、「なぜ高くても産業用ハブを使わなければならないのか」、そして「カメラやロギングで必須となるPoEとケーブル選定の落とし穴」について解説します。
この記事を読めば、なぜ高いハブが必要なのかを理解し、コストを気にする上司を論理的に説得できるようになります。
結論から言うと、制御盤内は「産業用一択」です。ただし、自分の手元で使うデバッグ用には「抜け道」があります。
……ですが、ハブだけ高級品にしても安心はできません。 実は、ケーブル選びを間違えると、高級ハブがただの「ノイズを集めるアンテナ」になってしまうことをご存知ですか? その「UTP/STP」の違いについても、詳しく解説します。
「事務所用」と「産業用」の決定的な違い(物理編)

まず、「バッファローなどの家庭・事務所用ハブ」と「オムロンやMOXAなどの産業用ハブ」の物理的な違いを見てみましょう。見た目のゴツさだけではありません。
① 電源の罠:ACアダプタは「抜けたら終わり」
事務所用のハブは、基本的に「ACアダプタ(コンセント)」で動きます。
しかし、制御盤内にはコンセントが少ないですし、何より「振動」があります。装置が動く振動でACアダプタが抜けかけ、瞬停(一瞬だけ電源が落ちる)が発生すると、通信エラーでラインが急停止します。
一方、産業用ハブは「DC24Vの端子台入力」が常識です。ネジでガッチリ固定されるため、振動で抜けることはありません。盤内のDC24V電源をそのまま使えるので、余計なコンセント工事も不要です。
② 温度と寿命:プラスチック筐体は熱に耐えられない
事務所用のハブは、エアコンの効いた室内(25℃前後)で使う前提で作られています。
しかし、稼働中の制御盤内は40℃〜50℃になることもザラです。
熱に弱い民生用のコンデンサは、高温環境下では寿命が劇的に縮みます。「設置して2年で突然壊れた」というケースの大半はこれです。産業用は、金属筐体で放熱性を確保し、厳しい温度環境でも長寿命を維持できるよう設計されています。
③ 固定方法:結束バンドはプロの仕事ではない
事務所用ハブには固定穴がないことが多く、結束バンドや両面テープで無理やり固定しているのを見かけます。これは時間が経つと剥がれて脱落し、配線トラブルの元になります。
産業用は「DINレール」にカチッと取り付けられます。メンテナンス性も見た目も段違いです。
プロはここを見る!「機能面」の違い(通信編)
「壊れにくいだけなら、壊れたら交換すればいい」と思うかもしれません。しかし、恐ろしいのは「壊れていないのに通信が止まる」現象です。
「パケットの優先順位(QoS)」が違う
EtherNet/IPなどの産業用通信は、リアルタイム性が命です。「今すぐ止まれ!」という信号が遅れることは許されません。
- 安物ハブ: 全ての通信を平等に扱います。もし誰かがメンテナンスポートにPCを繋いで大量のデータを流すと、制御信号が待たされて遅延し、チョコ停の原因になります。
- 産業用ハブ: 多くの機種がQoS(Quality of Service)に対応しており、「EtherNet/IPのパケットを最優先する」という処理を自動で行います。
「マネージド」と「アンマネージド」どっちを買うべき?
産業用スイッチングハブには2種類あります。
- アンマネージドスイッチ(L2スイッチ):設定不要で挿すだけ。オムロンのW4S1シリーズなどが代表的です。末端の分岐や、小規模な装置内配線ならこれで十分です。
- マネージドスイッチ:通信設定や監視ができる高機能タイプです。コンテックやMOXA、Ciscoなどが有名です。価格は高いですが、以下の機能が必要な場合は必須になります。
- 犯人の特定(見える化): ラインが止まった時、アンマネージドだと「どこかのケーブルがおかしい」ことしか分かりませんが、マネージドなら「Webブラウザで『3番ポートが断線』とピンポイントで特定」できます。復旧スピードが段違いです。
- 死活監視: 「どのポートが通信断しているか」をWebブラウザ等から監視できます。
結論: 基本は「産業用のアンマネージド」でOKですが、絶対に止められない基幹ラインには「マネージド」を選定しましょう。
【必須知識】「PoE」って結局なによ?
最近ではトレーサビリティ(製造履歴管理)のために、盤内に産業用PCを置き、カメラで製品画像を保存したり、常時ロギングを行う構成が増えています。
ここで必須になるのがPoE(Power over Ethernet)です。
LANケーブル1本で電源供給
カメラや無線LANアクセスポイント、コードリーダーなどのために、いちいちAC100Vの電源工事をするのはコストの無駄です。PoE対応ハブを使えば、LANケーブル経由で電源を供給できます。
【注意】「PoEなら何でもいい」は大間違い
選定時に必ず確認すべきスペックがあります。
- 1ポートあたりの供給電力:一般的なPoE(IEEE802.3af)は最大15.4Wですが、高機能なカメラはそれ以上を必要とする場合があります。その場合、PoE+(IEEE802.3at、最大30W)対応のハブが必要です。
- 全体(最大)供給電力:「8ポート全部PoE対応!」と書いてあっても、ハブ全体で供給できる電力には上限(パワーバジェット)があります。
- 例:全ポート合計で60Wまでしか出せないハブに、10Wのカメラを8台繋ぐと、電力不足で一部のカメラが起動しません。
【落とし穴】LANケーブル、「Cat6」なら速いと思ってない?
ハブと同じくらい重要なのが、LANケーブルの選定です。「とりあえず数字が大きいやつがいいんでしょ?」と思っていると痛い目を見ます。
カテゴリ(Cat)の正解
FA現場での目安は以下の通りです。
| カテゴリ | 通信速度 | 現場での評価 |
| Cat5e | 1Gbps | 【基本はコレ】 FA現場の標準。取り回しが柔らかく使いやすい。 |
| Cat6 | 1Gbps | 帯域は広いが、ケーブルの中に十字介在(仕切り)が入っており少し硬い。 |
| Cat6A | 10Gbps | 【画像処理用】 高解像度カメラの映像を飛ばすならコレ。ただし太くて硬い。 |
基本的には「Cat5e以上」を選べば問題ありません。しかし、数字よりも100倍重要なことがあります。
【超重要】「UTP」を買うな、「STP」を買え!

ここがこの記事で一番伝えたいポイントです。
Amazonで「LANケーブル」と検索して出てくる安価なケーブルや、きしめんのようなフラットケーブルは、ほとんどがUTP(Unshielded Twisted Pair=シールドなし)です。
工場の制御盤内は、インバータやサーボモータから発生する強力なノイズの嵐です。
シールドのないUTPケーブルを使うことは、「ノイズを拾うアンテナを配線している」のと同じです。通信速度が落ちるどころか、通信断が発生し、最悪の場合は接続機器(PLCのポート等)を破壊することさえあります。
必ず「STP(Shielded Twisted Pair)」と書かれたシールド付きケーブルを選んでください。
そして、産業用ハブのコネクタ部分は金属製になっており、STPケーブルのシールドを通じてアース(FG)に落ちる構造になっています。
「産業用ハブ」+「STPケーブル」
このセットで初めて、FA環境での通信品質が保証されるのです。
【注意】「STP」を使ってはいけない唯一のケース
基本は「STP」でOKですが、マニュアルには「電位差がある場合はUTPを使え」と書かれていることがあります。これは以下のケースを指します。
- 「離れた工場間」などを繋ぐ場合 A工場とB工場でアースの強さが違うと、STPケーブルのシールドを通って電気(ノイズ)が逆流することがあります(グランドループ)。
- 対策 同じ装置・同じ盤内なら「STP」(ノイズ防御優先)。 数十メートル離れた盤へ繋ぐなら「UTP」か、完全に電気を通さない「光ファイバー」。
迷ったら「盤の中はSTP」と覚えておけば、9割のトラブルは防げます。
【コラム】デスクでの「デバッグ作業」ならこれが最強

ここまで「盤内には絶対に産業用ハブを使え」と口酸っぱく言ってきましたが、事務所の自分のデスクでPLCを組んだり、ちょっとした動作確認をする時にまで、数万円のオムロン製ハブを買う必要はありません(稟議も通りませんしね)。
私が「デバッグ用・テストベンチ用」として愛用しているのは、バッファローの金属筐体モデルです。
- なぜこれを選ぶか?
プラスチック製は軽すぎて、LANケーブルの反発で机から浮いたり落ちたりしてイライラしませんか? これは金属製で適度な重みがあり、しかも裏面にマグネットが付いているので、デスクのキャビネットの側面や装置のフレームに「バチッ」と固定できます。この「固定できる安心感」は作業効率に直結します。
現場に持ち込む「自分用ツール」として、カバンに1つ入れておくとヒーローになれます。
【重要】Amazonで「STPケーブル」を探す時の正解
「STPケーブルが必要なのは分かったけど、商社に頼むと納期がかかる…Amazonですぐ欲しい」 そんな時、適当に検索すると間違ってUTPを買ってしまいます。
私は緊急で必要な時、サンワサプライの「STP(シールド付き)」かつ「ツメ折れ防止」のこれを選んでいます。 コネクタ部分を見てください。銀色の金属で覆われていますよね? これがシールドが効いている証拠です。産業用ハブの金属ポートと噛み合うことで、ノイズをアースへ逃がしてくれます。
数百円をケチってノイズトラブルで休日出勤するくらいなら、迷わずこちらを選んでください。
でも、カバンに入れるなら「UTP」の柔らかいヤツがいい
「STPケーブルが重要なのは分かった。でも、あれ硬くてカバンの中で邪魔なんだよ!」 そう思った方、正解です。私もそう思います。
盤内に「設置」するケーブルと、我々エンジニアが持ち歩く「道具」としてのケーブルは選び方が違います。
- 盤内(恒久設置): 絶対にSTP。硬くてもノイズ耐性最優先。
- カバン(一時接続): 取り回し重視でUTP。
私は、現場での書き換え作業やちょっとした確認用には、エレコムの「やわらかLANケーブル(Cat6)」を使っています。 これ、本当にフニャフニャで最高なんです。丸めても変な癖がつかないし、カバンの隙間にスッと入ります。短時間の接続ならノイズで切れることもまずありません。
「盤には鎧(STP)を、カバンにはパジャマ(やわらかUTP)を」 この使い分けができるのが、ストレスフリーに働くコツです。
まとめ:上司を説得する「コスト」の考え方
- 事務用ハブ(2,000円) + UTPケーブル
- 産業用ハブ(20,000円) + STPケーブル
価格差は約10倍です。上司や購買部門に「高い」と言われるかもしれません。
しかし、ハブの故障やノイズによる通信異常でラインが1時間止まった時、その損害額はいくらでしょうか?
エンジニアが夜中に呼び出されて現場へ走る人件費、停止した生産数……。それを考えれば、差額の1万8千円など安いものです。
「2万円で5年間の安心を買ってください。通信は設備の血管です」
そう言い切って、正しい機器を選定するのが設計者の責任です。
【保存版】産業用ネットワーク・完全攻略ロードマップ
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