【設定】サーマルのダイヤル、適当に回してない? 「×1.1倍」が不要な理由と、メカニズムの秘密

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「先輩、サーマルのダイヤルってどこに合わせればいいですか? 余裕を見て、定格の1.1倍くらいですか?」

新人の頃、良かれと思ってこう提案した私に、先輩は優しく、しかしハッキリとこう言いました。

「気持ちは分かるけど、今のサーマルでそれをやると逆に守れなくなるよ。計算はしなくていい。銘板(めいばん)の値そのままに合わせるのが正解だよ」

前回の記事では、サーマルリレーが「モーターを守る専属医」であることを解説しました。

今回は、ベテランでも意見が割れることのある「×1倍か、×1.1倍か?」という疑問に、明確な根拠を持ってお答えします。

また、現場で混乱を招く「2Eと3Eの違い」や、「逆回転(逆相)の恐怖」についても、メカニズムまで踏み込んで解説します。


目次

1. まずは敵(モーター)を知れ!「銘板」の解読法

ダイヤルを回す前に、必ず見なければならないのがモーターの銘板(ネームプレート)です。

ここには情報の宝庫ですが、見るべきポイントは決まっています。

探すべき数字は、「全負荷電流値(定格電流)」です。

⚠️ ここで罠にかかるな!

銘板には複数の数字が書いてあります。以下の2点に注意して、自分の環境に合った数値を読み取ってください。

  1. 周波数(Hz)の罠
    • 「50Hz(東日本)」と「60Hz(西日本)」では、電流値が異なります。
    • 自分の地域の値を見ていますか?
  2. 電圧(V)の罠
    • 200V級のモーターでも、400Vで使う場合は電流値が半分になります。
    • 電圧と電流の組み合わせは合っていますか?

これらを確認し、「今の環境での定格電流値(例:11A)」をメモしてください。これが全ての基準です。


2. 究極の問い:「×1倍」か「×1.1倍」か?

メモした「11A」に対して、ダイヤルをどう合わせるか。

ここで現場の意見が分かれることがあります。

  • A派: 「余裕を見て 1.1倍(約12A)にする」
  • B派: 「そのまま 1.0倍(11A)にする」

正解は、Bの「1.0倍(銘板の値そのまま)」です。

(※三菱電機や富士電機など、主要メーカーのカタログにも「モータの定格電流値に合わせてください」と明記されています)

なぜ「余裕」を見なくていいのか?

理由は単純です。サーマルリレーという機器自体が、最初から「余裕」を持って設計されているからです。

根拠となる規格(JEM 1357)を見てみましょう。

規格(JEM 1357)の動作条件翻訳すると…
動作値:設定値の 105〜125%設定値の100%(定格)なら落ちない
125%を超えると確実に落ちる
過電流耐量:600%で40秒以下始動電流(一瞬の大電流)ではすぐ落ちないように待ってくれる。

つまり、ダイヤルを「定格値(1.0倍)」に合わせるだけで、サーマルが勝手に「定格内ならスルー、危険な領域(125%超)に入ったらトリップ」という絶妙な仕事をしてくれるのです。

「×1.1倍」してしまうと何が起きる?

人間が気を利かせて「さらに1.1倍」してしまうと、「マージンの二重取り」になります。

  • 例: 定格10Aのモーターに対し、人間が「11A(1.1倍)」に設定。
  • サーマルの動作点: 11A × 125% = 13.75A
  • 結果: モーターは「10Aまでしか耐えられない」のに、13.75A流れるまでサーマルは動きません。

これでは、過負荷になってもサーマルが反応する前に、モーターがじわじわと過熱して寿命を縮めてしまいます。


3. 【重要】先輩が「計算しろ」と言った理由(RCとTC)

「でも、ベテランの先輩は『絶対に倍率をかけろ』って言うんです…」

そんな場合、先輩が間違っているわけではないかもしれません。見ている「目盛り」の種類が違う可能性があります。

サーマルのダイヤルには、歴史的に2つの種類があります。

種類意味設定方法
RC目盛
(Rated Current)
定格電流目盛
(今の主流)
計算不要(×1.0倍)
「定格」に合わせれば、内部で勝手に125%動作にしてくれる。
TC目盛
(Tripping Current)
動作電流目盛
(昔のタイプ)
計算必要(×1.25倍など)
その数値でトリップする。だから自分で計算して「動作させたい値」に合わせる必要がある。

先輩の知識は、この「TC目盛」時代のもの(あるいはヒーターを選定していた時代の名残)である可能性が高いです。

もし、盤の中に何十年も前の古いサーマル(TC目盛)があった場合は、先輩の言う通り計算が必要です。

しかし、現代のサーマル(RC目盛)を使っているのに計算をしてしまうと、設定が甘くなりすぎるのです。

ダイヤルの近くに小さく「RC」と書いてあれば、迷わず「銘板そのまま」でOKです。


4. 世界標準(IEC)はもっと厳しい!

「いや、ウチは海外メーカーのモーターも使うし…」という方。

世界標準の「IEC規格」では、さらにシビアな管理が求められます。

  • JEM(日本): 1.25倍でトリップ
  • IEC(世界): 1.2倍でトリップ

最近の国内メーカー品(標準形)は、このIEC規格に準拠しているものがほとんどです。

IEC規格は日本規格よりも動作判定が厳しくなっています。「余裕を見て適当に設定する」という考え方は、精度の高い現代の機器では通用しなくなってきています。


5. 【コラム】単相モーターの罠! なぜ「ループ配線」が必要?

ここで一つ、現場でよくあるトラブルを紹介します。

「単相(2本)のモーターを繋ぐ時、サーマルの真ん中を空けていいのか?」問題です。

答えはNOです。

以下の図のように、「リンク配線(ループ配線)」をするのが鉄則です。

悪い例:真ん中(S相)を空ける

これをやると、電流値は合っているのにトリップする(誤作動)ことがあります。

その理由は、最近のサーマル(欠相保護付)の内部にある「シーソー(差動増幅レバー)」が傾いてしまうからです。

解決策:自分に戻す(ループ配線)

直列に繋ぐことで、3つの極すべてに同じ電流を流し、内部のシーソーを水平に保ちます。

2素子タイプでも3素子タイプでも、「単相ならループ配線」としておけば間違いありません。


6. 【用語の魔窟】2Eと3E、そして「逆回転」の恐怖

ここまで読んで、勘の良い方はこう思ったはずです。

「シーソーで3相のバランスを見てるなら、それは『3素子(3E)』じゃないのか? なぜカタログには『2Eサーマル』と書いてあるんだ?」と。

実はここが、ベテランでも混乱する用語の魔窟です。

そしてここには、「逆回転」による機械の即死を防ぐための重要なヒントが隠されています。

① 「2E」なのに3素子?

カタログの「◯E」は、素子の数ではなく「保護機能の数」を指しています。

  • 1E: 過負荷のみ
  • 2E: 過負荷 + 欠相
  • 3E: 過負荷 + 欠相 + 逆相(逆回転)

メーカーは「2E(欠相保護)」機能を実現するために、内部で3つの素子(構造)を使っています。だから「2Eサーマル」と呼ばれます。

② 恐怖の「逆相(3E)」とは?

これは、配線ミス(RとTの入れ替わりなど)による「モーターの逆回転」**を防ぐ機能です。

「逆に回るだけなら、つなぎ直せばいいじゃん?」と思うかもしれませんが、機械によっては**コンマ数秒で「死」**を招きます。

  • スクロール圧縮機(エアコンなど): 構造上、逆回転すると内部が一瞬で破壊されます。
  • ポンプ・送風機: 全く仕事をしないばかりか、破損事故につながります。

③ なぜ普通のサーマルじゃダメなの?

ここが最大の落とし穴です。

普通のサーマル(1E, 2E)は「電流の熱」しか見ていません。しかし、モーターは逆回転しても、正回転とほぼ同じ電流しか流れません。

つまり、普通のサーマルは、モーターが元気に逆回転して機械を壊している間、「電流値は正常だな、よし!」とスルーしてしまうのです。

だからこそ、絶対に逆回転させてはいけない高価な機械や、頻繁につなぎ変える移動式ポンプには、「3Eリレー(電子式)」を入れて、電圧の順番を監視する必要があるのです。


7. 現場あるある:そのダイヤル、ズレてない?

最後に、設定時の地味なミスを紹介します。

  • 視差(パララックス)の罠
    • ダイヤルと目盛りの間には少し隙間があります。斜めから見ると数値がズレて見えます。必ず「正面」から見て合わせましょう。
  • 透明カバーの罠
    • カバー自体がガタついてズレていたら意味がありません。必ず「中のダイヤルの溝」を確認してください。

まとめ:数値を信じろ、計算はするな

  • まずは銘板の「全負荷電流(周波数・電圧)」を確認する。
  • ダイヤル(RC目盛)はその数値ぴったり(1.0倍)に合わせる。
  • 単相で使う時は、リンク配線する。
  • 逆回転が怖い機械には、サーマルではなく「3Eリレー」を使う。

サーマルの設定は、計算や勘ではなく、「仕様通りに合わせる」のが鉄則です。

メーカーが設計した数値を信じて、正しく設定してあげてください。

さて、ここまでは「商用電源(直入れ)」の話でした。

これが「インバータ制御」になると、今度は「サーマルをつけてはいけない」「低速で燃える」という、さらに恐ろしいルールが存在します。

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